第13話「銭湯とアルキメデス、ふたたび」
ある週末の午後。
理科部の顧問が「たまには外で親睦を深めよう!」と唐突に言い出し、
アルキメデスを含む数名が引率されて向かった先は、下町の銭湯だった。
—
「え、なんで銭湯……?」
「いや、なんか“古き良き文化に触れよう”ってテーマらしいよ。顧問の趣味全開だね」
「ていうかアルキメデスさん、風呂どうなんだろ……?」
—
実は、アルキメデスが最初に“湯”に触れたのは、彼が現代に来た初日のことである。
とはいえ、今回は街の銭湯——つまり、裸で他人と湯船に入るという空間。
彼がどう感じるのか、誰も読めなかった。
—
「……これは、“社交の場”か?」
のれんをくぐりながら、アルキメデスが問う。
「まあ、そうだね。昔は近所のおじさんたちが、ここで将棋指したり世間話してたりしたらしいよ」
「なるほど……“裸の議会”というわけだな……」
「違う……そういう名前じゃない……」
—
脱衣所に入ると、アルキメデスは服を畳んで、慎重に浴場のドアを開けた。
そして、巨大な富士山の壁画を見た瞬間、固まった。
「……これは……“幻視”か?」
「いや、あれは絵! 描いてあるだけ!!」
—
浴場の床を一歩一歩確かめながら進み、湯船を前にして立ち尽くす。
「わしが……かつて、原理を発見した湯……まさかまたこうして、時を超えて再会するとは……」
「なんでそんな大河ドラマみたいな口調なんだ……」
—
彼はゆっくりと、湯に体を沈めた。
その顔に広がったのは——
至福。
「……うむ、この浮力……まさしくあの時と同じだ……」
お湯に浮かびながら、アルキメデスはまぶたを閉じる。
「体積と密度の対話……湯の抱擁……そして、この心地よさ……」
「そんなポエムみたいな感想聞いたことない……」
—
周囲には地元の常連らしき中年男性たちが数名。
その中の一人が、湯船の縁に置かれた黄色い桶を見て、ぽつりとつぶやく。
「おう、坊主、それ“ケロリン”だ」
「ケロ……リン?」
アルキメデスは桶を手に取り、真顔でじっと見つめた。
「この材質、この曲面……この底の厚みと質量……。なぜこの設計なのだ? そして、なぜ“ケロリン”?」
「そ、それは……薬の名前で……昔CMで……」
「つまりこの桶は、薬物と風呂の関係性を象徴した器物なのか……!?」
「違うと思う!!!」
—
洗い場にいた全員が、アルキメデスの言動をチラチラ見つつ、口をつぐんでいた。
だが、誰も怒ってはいない。
なぜなら彼があまりにも真剣で、しかも——やたらと理屈っぽかったからだ。
—
「この子……理屈で風呂入ってるな……」
「お湯と会話してるっぽいな……」
「科学者ってみんなこんな感じなんか……?」
—
最後、脱衣所で体重計に乗って、彼はまたひとこと。
「なるほど……入浴前後で質量の変化はないが、体積的変化は……これは“膨張”か!?」
「違う! 脱水だよ脱水!!」
—
その夜のノートには、こう記されていた。
《今日の考察》
・銭湯は“社交と理科”の融合施設である
・“ケロリン”という名の桶は、謎のブランド力を持つ
・湯船では精神が浮力によって安定化する
・しかし脱衣所は寒い、油断するな
(第13話 完)
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