第66巻 一宮市:イチノミヤノカミの願い
一宮市にある、とある神社。鳥居の奥に佇む古びた社には、日夜、布を織る音が鳴り響いている。
――シャッ、カッ、シャッ。
それは、神様が織機を回している音。
この神様、イチノミヤノカミは、繊維の神様であり、願いを「織物のように整えて」叶えるのが特徴だ。が、願いごとの“糸の選び方”がちょっとズレている。
「恋愛成就を願ったら、私の服が突然“赤い刺繍”だらけになったんですけど!?」
「試験合格をお願いしたら、模試の問題用紙が全部“縦書きの手縫い布”になったんだけど!?」
市民たちは今日も困惑しつつ、神様の“職人魂”に微笑む。
***
その日、願いを携えて神社にやってきたのは――
中学生のひかりだった。
彼女はソフトボール部でキャッチャーを務めていた。だが、最近は後輩たちからの信頼がなく、自信を失っていた。
「神様……私、ちゃんと守れるキャッチャーになりたいです……」
その願いを聞いたイチノミヤノカミは、ピクリと眉を動かし、織機を回し始めた。
――シャッ、カッ、シャッ!
(よかろう。その願い、繊維的に叶えてみせよう)
***
翌朝。
ひかりのキャッチャーミットが、なぜか“刺し子の布製”になっていた。
「えっ、えっ!?これ、布じゃん!ボール受けたら手砕けるやつじゃん!」
だが、不思議なことに、その布ミットはどんな剛速球でも吸収するようにキャッチできた。しかも、見た目があまりに渋くて、「なんか、かっこよくない?」と後輩たちの目が輝いた。
「ひかり先輩のミット、職人技っすね!」
「どこで作ったんですか!?うちの親も染物屋なんで!」
ひかりはポカンとした。
(えっ、これって……いいの?)
その日の練習試合で、彼女はミットを掲げ、堂々とした構えを見せた。
「こいっ!」
ボールがミットに吸い込まれるたびに、後輩たちは湧いた。
「先輩、すげぇ!」
(……イチノミヤノカミ、あなたのズレ、たぶん正解だった)
***
神社の奥、織機の前。
「織り目整えば、心整う。心整えば、守りも堅し。……ふむ、今日の縦糸は上出来じゃ」
そうつぶやきながら、神様は今日もせっせと布を織る。
たまに音を外すが、それも味だ。
願いは布のように、少し歪でも、心を包む。
ーー
“自分らしさ”を、誰かが「渋い」と褒めてくれる瞬間。
それは、まるで手織りの布のように、心の奥をじんわりと温める。
イチノミヤノカミの願いは、ズレてるけど、じわっと効く。
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