【bon13:長野県_木曽節と木曽の山に消えた声】
「長野……空気が……濃い……」
拓朗が山道をよろよろ歩きながら言った。
「それ“薄い”じゃない? 高地だし」
美琴が即座に訂正しつつ、サングラスをずらす。避暑のつもりが、思った以上に“山”だった。
ここは長野県・木曽路。森林に囲まれた宿場町で、今夜は「木曽節」の盆踊りが開催されるという。
「“木曽のナー、ナ~カ乗り出せば~”」
雄大が珍しく静かに鼻歌を口ずさんでいた。
「……え、覚えてるの?」
小百合が驚いて聞くと、
「昨夜から、ずっと聴いてた。風呂の中でも、歯を磨きながらも」
「えっ、いや、ちょっと感心した」
「でも全部“木曽のナ~”で止まってたよ。なぜか」
ジャニヤが呆れた目で補足した。
その頃、宿場町の一角では、地元の年配連による「木曽節講習会」が始まっていた。
その中央にいたのが――敬己。
彼は、目立つことをひたすら避ける名人として知られ、今も半分柱の陰に隠れながら、踊りを教えていた。
「……どうぞ、見ててください。僕は説明しません……動きますので……」
「いやそれ、逆にすごく目立つんですけど」
ケイデンが小声で指摘するが、敬己はもう輪の中心に立ち、静かに踊り始めた。
その所作は、言葉にならない。いや、言葉にしたくないほど、ただ“染みる”。
「……あれは……もう、踊りじゃなくて風景だな……」
啓がつぶやいた。
小百合も息をのむ。
「……これが、“土地の記憶”ってやつかも」
そしてその静寂を打ち破る声が、当然のように鳴った。
「見よ!これが“勇者版・木曽節アレンジ”ッ!」
雄大、登場。
「やめろおおおおおお!!!」
全員が即座に制止したが、すでに勇者は、木曽節のメロディに合わせて“演歌風ダンス+ムーンウォーク”を始めていた。
敬己が、完全に静止した。
空気が、止まった。
敬己は、踊る雄大をじっと見つめていた。
無表情のまま、しかし目だけがゆっくりと細められていく。
その様子を見た拓朗がつぶやく。
「……やばい、あれたぶん“心のシャッター”閉まりかけてる」
「勇者の無茶は慣れてるけど、今日はタイミングが最悪すぎる……」
小百合が手を合わせて祈るようなポーズ。
そのときだった。
雄大の足元に――木の根っこが出現。
ズルッ。
「うぉおおおおおおおおッ!?」
転倒。華麗な1.5回転の後、地面にダイブ。
「勇者、山にやられる」
啓が詩的に呟いた。が、誰も笑わなかった。
……静寂。
だが次の瞬間、何かが変わった。
敬己が、スッと一歩踏み出した。そして、黙って雄大に手を差し伸べた。
「……え?」
雄大が戸惑いながらもその手を取ると、敬己は無言のまま、もう一度踊りの輪へ誘った。
そして。
二人で、踊り始めた。
今度はアレンジなし。
ただ、静かに。ゆっくりと、型通りに。
「え、え、え、なにこの展開……」
美琴が混乱しながらも、目を離せなかった。
「……たぶん、敬己さんなりの“許す”って合図だと思う」
ジャニヤがぽつりとつぶやく。
輪の中、音頭が流れる。
♪ 木曽のナ~、中乗り出せば~
肩の力を抜き、風に揺れるように動く雄大。先ほどまでの滑稽さはどこにもなかった。
その動きは、不器用ながらも一つひとつが丁寧で、周囲に完全に溶け込んでいた。
「……あれはもう、“踊ってないフリして踊ってる”レベルだな」
拓朗が思わず感嘆する。
最後の拍で、敬己が小さくうなずいた。
言葉はなかった。
だが全員が、なぜか「よかったね……」と心の中で思った。
――なお、帰りの道中、雄大は「次はムーンウォークのまま木曽路を完歩するチャレンジ」を言い出して小百合に後頭部をはたかれた。
(bon13:End)
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