『それゆけ!汗と涙のアクア刑事』
「おい、また来てるぞ、水滴刑事だ」
署内に不穏な空気が走る。
水滴刑事――本名・雫垂――は、東京・阿佐ヶ谷署に配属されてきた警察官である。常に汗ばんでおり、額からは1秒に1滴のペースで水が垂れるため「水滴刑事」と呼ばれている。
「たっぷり水分摂って、今日も絶好調だ」
彼は朝から2リットルの麦茶を飲み干し、既にYシャツは水に濡れたフキン状態だった。なお、制帽もすでにふにゃふにゃだ。
「水漏れ110番に出動します!」
「水漏れ110番なんて制度、存在しないからな!」
部下の若手・蒔田が慌てて止めようとするも、水滴刑事はタオルを首にかけて出動する。
彼は自分の汗で犯人の足跡を“洗い流して”しまうという最悪の実績を持ち、証拠保全の観点では刑事というより「事件現場の湿害」である。
だが、それでも彼が重宝される理由があった。
そう、異様に聞き上手なのだ。
「……で、つい……私は……カバンの中のプリンを……」
「うん、いいよ、泣いても。ティッシュあるし、いや、僕の袖使って」
「やだ、そんな、濡れてる……」
被疑者がどれだけ口を閉ざしていても、彼の前では10分で心が“ぽちゃん”と落ちる。
誰もが言う。
「水滴刑事の前だと……なぜか、素直になっちゃう」
そう、彼は人間の“表面張力”を崩す天才だった。
そんなある日、事件が起きる。
──“乾燥強盗”の出現である。
都内の銭湯「ほっとサウナ」にて、サウナ室にいた客全員が“顔の皮がパリパリになった状態”で発見された。ポカリも麦茶も奪われ、さらにタオルまでかっさらわれていたという。
「これは……」
署長は震える声で言った。
「完全に水分を狙った、連続カラカラ事件……!」
水滴刑事はその場で立ち上がった。
「出番ですね。水にまつわる事件なら、私の汗が真実を潤します」
「おまえが濡らすのは書類だけにしてくれ」
彼は現場に直行。
サウナの温度は92℃。壁一面に「汗かいてナンボ」「毒は汗で流せ」など精神論が書かれている中、彼は自らサウナ室に入り、わざわざ10分間我慢した。
「犯人は……この熱さを利用して、カラカラにしたあと、最後にポカリを奪った……動機は……水分への執着……もしくは極度のドライ志向……!」
直後、サウナ室のロッカーから“タオル詰め込みおじさん”が這い出てきた。
「おまえが犯人か!」
「うっ……違う……俺はただ……余ったタオルを全部ポケットに入れたかっただけなんだよ……! 家で柔軟剤の実験を……」
「黙れ、それは犯罪だ!」
「ええっ、柔軟剤は罪だったのか……?」
取り調べの結果、彼はただの“タオル泥棒おじさん”だった。主犯は別にいた。
翌日、捜査一課に差出人不明の封筒が届いた。中には一言だけ。
「おまえの湿度が気に食わん」
そして、署内に設置された加湿器が全て壊されていた。これは宣戦布告だ。
水滴刑事は天を仰ぎ、絞れるほど濡れたタオルで顔を拭いながら呟いた。
「乾きに抗う者と、乾かそうとする者……宿命の対決ですね……」
犯人の正体は、サウナチェーン「ドライ・ザ・ワールド」CEO・乾至人(かわき・いたる)だった。
「世界は乾いているべきだ。汗? 不快なだけ。涙? 弱さの象徴」
彼は全ての加湿器を撤去し、空気清浄機を最大出力にしていた。
「ならば……この汗で勝負です!」
水滴刑事は、真夏の直射日光の下、ランニングを開始した。
10km後、全身から“天然の蒸気”が立ち上り、もはや視界がサウナである。
「うおっ、視界が……ミスト状態に……!」
乾至人のメガネが一瞬で曇る。隙ができた。
その隙を突き、部下の蒔田が彼を取り押さえた。
「乾燥は……過ぎると……脆いのよ……!」
事件は解決。乾至人は「湿度に敗北した経営者」として、一部界隈でカルト的人気を得た。
水滴刑事は、また静かに汗を垂らしながら、帰りのコンビニでスポーツドリンクを手に取った。
「今日も……いい汗かきました」
店員は、彼が立ち去ったあとに床を拭きながら言った。
「また来たよ、水害刑事……」
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