第10話「『おまえ、火はつくれるか?』」
その日は、校外学習。
2年B組は郊外のキャンプ場へとバスで向かっていた。
「本日の活動は、火起こし体験です!」
教師の掛け声に、生徒たちはざわついた。
「マジ? ライターとか使わないやつ?」
「マッチすら禁止って書いてある……これガチじゃん……」
—
松井が後ろの席で小声でつぶやく。
「……あの人、黙ってられればいいけどな」
隣の吉澤が聞き返す。
「“あの人”って……ああ、アルキメデスさん?」
「うん……だって“火”って、たぶんめちゃくちゃ語るよ、あの人……」
—
その予想は、30分後に的中する。
—
「おまえ、火はつくれるか?」
グループ分けされ、木の棒と麻縄を渡された瞬間、ある男子がそう言った。
自信満々の顔で、枝を握りしめているのは体育会系の柴田。
「いやー、俺、火起こしだけは得意なんだよな! 昔、サバイバル番組めっちゃ見てたから!」
アルキメデスがその横に座っていた。
彼は何も言わず、配られた枝をじっと見つめていた。
「アルキメデスさん、どうしたの? やらないの?」
と、松井が声をかけたときだった。
「いや……これは、燃えぬ」
「え?」
「この木は、まだ水分が抜けきっておらぬ。しかも、削り方が甘い。こういうときは——」
そう言って、アルキメデスはリュックから凸レンズを取り出した。
「レンズ!? なんで持ってんの!?」
「これは“理科準備室”から拝借した。わしの研究用だ」
「いや、持ち出し禁止だって……」
—
だがすでに、アルキメデスは動いていた。
彼は枯れた葉の上に麻縄を少しほぐして置くと、太陽に向かってレンズをかざした。
「この凸レンズにより、太陽光は一点に集約される……いわば、これは天の力を借りた“焦点の火種”だ」
—
生徒たちがざわつく。
「マジで燃えるの? これ、マンガのやつじゃない?」
「本当に焦げてきた……! すげぇ! 焦点、黒くなってる!」
—
数秒後、ぽつっ……と煙が上がる。
「うわ、マジで火が……火が……!」
ふっと風が吹いた瞬間、麻縄の先から、オレンジの炎が生まれた。
「出たーーー!! 火出たーーーー!!」
—
生徒たちは歓声を上げ、柴田は棒を取り落とした。
「……くっ……俺、めっちゃ擦ったのに……」
—
松井がやや呆れた顔で尋ねる。
「アルキメデスさん、それ、いつから用意してたの?」
「火起こし体験と聞いて、最も効率の良い方法を考えた。わしの故郷では、これが主流だったからな」
「いや、古代ギリシャでレンズあったの!?」
—
その日、アルキメデスの火起こしは話題となり、ほかの班の生徒たちも集まってきた。
「見て見て、あれが“焦点の魔術師”だよ」
「火の出るところ、マジで感動した……!」
—
柴田は、黙ってアルキメデスに近づくと、そっと言った。
「……今日の勝負、お前の勝ちだ」
「勝負? わしは誰とも争っておらぬぞ?」
「……だよな、うん……」
—
その夜、校内掲示板に張り出されたポスターが、また一つ話題となった。
『アルキメデス式火起こし体験 ~ついでに円周率の話も聞ける~』
「ついでって何!?」
(第10話 完)
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