第57巻 高松市:タカマツノカミの願い
「願いってのはな、急いで叶えるもんじゃなかろう」
そう言って、タカマツノカミは縁側でうどんをすすった。
香川県高松市。ここに棲むタカマツノカミは、瀬戸内海のように穏やかで、少し潮の香りがして、やたらとうどんにうるさい。
「神様……本気で困ってるんです。会社のプレゼン、明日なんです。なんか、こう、劇的にすべて解決する知恵を……!」
頭を抱えるのは、東京から転勤してきたばかりの営業マン・野村。最終プレゼンを明日に控え、神頼み以外の手段が消えた状態だった。
「ほぅ、ならまずはうどんじゃな。話はそれからよ」
「いやいや! 時間が!」
「さぬきの民は、腹が減っては願いも叶えん。そう決まっとる」
神様はゆっくりと、うどん屋「田中の三代目」に野村を連れて行った。
打ち立てのコシ、出汁の旨味、舌に広がる優しさ。野村は、気づけばつるつると二玉半食べていた。
「……ちょっと落ち着きました」
「じゃろ? で、願いはなんじゃったかの」
「プレゼンで、すごいアイデアがほしいんです」
「なるほどな。では、この“タカマツノカミ特製おみくじ”を引いてみなされ」
差し出されたのは、なんとも手作り感満載な紙の束。しかも短冊に書かれていたのは、
《あせるな》《わかめを使え》《目を見て話すべし》《ほめすぎ注意》……?
「……神様、これ、アドバイスっていうか、ほぼTwitterの“人生の金言”ですよね?」
「うむ。じゃが、効くぞ。願いを全部叶えるわけじゃない。ちょっとだけ背中を押す、それがわしの流儀じゃ」
野村はなんだかよくわからないまま、“わかめを使え”だけ真に受け、翌日プレゼン資料に「わかめ産業の地産地消モデル」をねじ込んだ。
結果――
「いい視点だ! 瀬戸内ブランドを意識してくるとは!」
「これぞ地方に根ざしたマーケティング!」
役員たちに大絶賛され、野村の企画は大逆転で採用。
呆然としながら、彼はプレゼン後、再びタカマツノカミの神社へ。
「神様……ありがとうございます! でも、なんで“わかめ”だったんですか?」
「そりゃあんた、たまたま今日、わしの朝ごはんがわかめ味噌汁だったけぇの」
「えぇーっ!」
神様の“ちょっとだけ働く”は、運が良ければ絶大な効果をもたらす。でも、外れたらただの昼飯の延長だ。
けれど野村は、それでも不思議と納得していた。
――あの落ち着き、あのうどん、あの一言。
きっと神様の力は、“完璧に願いを叶える”ことではなく、“自分を整えてくれる”ことなのかもしれない。
社に戻る道すがら、彼は今日も、うどん屋に寄ってしまう。
「プレゼン成功の鍵? ああ、やっぱり、うどんかな」とか言いながら。
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