人魚、婚活するってよ。
世間には、深海の底で静かに歌いながら暮らす人魚がいる──というロマンチックな伝承がある。
だが実態はちがった。
「もう無理、あたし、結婚したい!」
人魚のミナは、サンゴ礁の間でブチ切れていた。
巻き貝のWi-Fiで婚活アプリ「うみこん」を使い倒して三ヶ月。マッチングゼロ。ゼロである。
「イルカは遊び人ばっかりだし、タコは八股してくるし、クジラは年収すごいけど、海面出るのめんどいって引きこもってるし!」
ミナは金色のうろこがまぶしい美人なのだが、海底の婚活市場は独特だった。
エビは親の介護で手一杯だし、カメは人生スパンが長すぎて話が合わない。唯一マッチしそうだったマンボウとは、初デートで彼が水面に向かって「宇宙行きたい」などと語りだし、音信不通に。
「もう、人間しかないわ」
ミナは決意した。
人間界で婚活する。脚はなくとも、気合いでなんとかなるはず。
かつて姉が『上に上がって声を失って玉砕した』という黒歴史を教訓に、ミナは作戦を立てた。
まずは道具調達だ。親友のウツボ・ダイゴロウに頼んで、海底中古屋「海ん家(うみんち)」から道具一式を借りた。
「ええっと、ヒト用の足……これは二本セットで七日間レンタルね。変身スプレーもオプションでつけるか?」
「お願い、ナチュラル美脚で!」
「そっちは追加料金になるけど、いーの?」
「婚活は投資よ!」
その数時間後──
浜辺にミナが現れた。
美脚(風)に変身した彼女は、渋谷の街に向かうバスに乗るというミッションに挑む。
だが、ここで大きな問題が発生した。
「きゃああああ! な、なにこの子、濡れてる!」
「足からウロコ生えてんぞ!」
「誰か保健所! いや、動物園! いや、博物館かも!」
変身スプレーの効果は弱く、歩くたびに地面に水たまりとキラキラのウロコが残ってしまっていた。
「マズい、婚活どころじゃない!」
とっさに飛び込んだのは、なぜか開いていたファミレス「ガスト海岸支店」。
そこにいたのが、店長代理の冴えない男──大槻マサル、35歳。
彼は一瞬ぎょっとしたが、すぐににっこり笑った。
「お客様、ドリンクバーどうぞ。ウロコ、きれいですね」
「……は?」
「魚類フェチなんです、ぼく」
なんと彼、元水族館職員で、現在は海の生き物に囲まれる飲食業界に転職した“筋金入りの海洋ラブ人間”だった。
「マーメイド系って絶滅危惧でしょ? 本物、初めて見た。これって、運命じゃないですか?」
ミナ、感動する。いや、ドン引きするべきか迷うが、とにかく初めて好意的に受け入れてくれた人間に会った。
「ミナさん。よかったら、海の話、たくさん聞かせてください」
それから二人は毎日会った。
ミナは変身時間の制限(1日9時間まで)と、ウロコがボロボロ落ちることを説明。マサルはそれすら「神秘的ですねえ!」と目を輝かせた。
そのうち、マサルが職場の会議で言い出した。
「海産メニュー、実際の海の人魚の監修つきにしません?」
こうしてガスト海岸支店では「人魚監修・海藻パスタ」「ミナ考案・潮の香りカクテル」などが登場し、なぜか店は大繁盛。ミナの就労ビザ(仮)が発行された。
婚活アプリ?そんなもの、もはや不要だった。
だが、順風満帆かと思いきや──。
ある日、ミナのもとに緊急の海底通信が入る。
『ミナ! 結婚してる場合じゃないわよ! ウロコの密漁業者が出たのよ! あなたの美脚が目印になってる!』
なんと、ミナの“金色のウロコ”が地上で「奇跡の美脚素材」として高額取引されていたのだ。
某通販番組では「夢の美脚スリッパに人魚のウロコを!」と煽りまくっていた。
「これ……私のせい?」
「いや、地上の人間がバカなんだよ……!」
マサルは怒りに震え、すぐさまガストの本部に連絡。
「人魚保護条例」なる謎の社内ルールが制定され、ミナは“企業保護対象社員”に認定。ついには【人魚対応部門】が創設された。
数か月後──
「結婚しました!」
ミナとマサルは、海底教会で盛大な結婚式を挙げた。新婦の入場曲はクジラのバリトンソロ、新郎のタキシードは防水仕様。披露宴のケーキカットでは、ウツボのダイゴロウがケーキを丸呑みするというハプニングも。
ちなみに人間と人魚の婚姻届けは、東京都中野区役所が「婚姻相手種別:その他(尾)」で受理してくれたという。
「地上と海をつなぐ愛、それが私たちです!」
そう語るミナに、報道陣が群がった。だが彼女の目に浮かぶのは、初めて地上に出たあの日、あのファミレスで言われた一言。
──「ウロコ、きれいですね」
それが、すべてのはじまりだった。
なお、婚後のミナは「人魚婚活アドバイザー」として起業。
現在、海底でセミナー開催中。
サブタイトル:『金ウロコより、金言を』
著:株式会社ミナーズマリン婚活塾代表取締役ミナ・オブ・アトランティカ
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