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第49巻 金沢市:カナザワノカミの願い

 春の金沢は、霞がかったような柔らかな光が街を包み、兼六園の松がひっそりと佇む。観光客の足音、遠くから聞こえる加賀獅子の太鼓、老舗和菓子屋から漂う黒砂糖の匂い……そのすべての風景の中に、ひとり、場違いな神様がいた。

 ――その名も、カナザワノカミ。

 金箔の羽織を着こみ、足元はなぜかビロードの足袋。背筋をまっすぐ伸ばし、白山の雪を思わせる白い扇を構えるその姿は、神様というよりも、やたら気位の高い能楽師である。

「うむ……今日も格式高く、そして雅(みやび)に叶えてやろうぞ」

 と、自らの存在を誰にも望まれていないにもかかわらず、兼六園脇のベンチでどっしり構える。願いを待っているのだ。神様として。

 しかし、その様子を見ていた観光客カップルの女性が、彼を見て小声で言った。

「なにあの人……コスプレ……? 加賀藩のPR?」

「いや、あれはたぶん……兼六園の新キャラ……金箔男爵?」

 神としての威厳がすでに破壊されているのはさておき、カナザワノカミは聞こえなかったふりをして、どっしりとベンチに座ったまま動かない。ここで動いたら「神の風格」が台無しだからだ。

 そこへ、どん、と現れたのが金沢在住の大学生・勇人である。地元の工芸サークルに所属している涙もろい青年で、今日は商店街のイベント準備の買い出し中だ。

「えーっと、あと必要なのは、金箔うちわと和菓子用の竹串と……」

 と、ぶつぶつメモを読み上げながら歩く勇人が、ベンチの神様に気づいた。

「あっ、すみません、そこちょっと荷物置いても……」

「む。人間よ、そなた、願いを抱いておるな?」

「えっ? ……まあ、確かに材料が全部揃えばいいなとは思ってますけど……え、誰? ていうかその羽織、リアル金箔……?」

「ふふ、拙者、加賀百万石の格式を司る神、カナザワノカミ。願い、叶えてやろう。格式高くな!」

「いや、なんで語尾が武士っぽいんすか。神様なのに……って、あれ? なんかうっすら光ってる!?」

 神様である以上、もちろん本物の奇跡を起こす力はある。ただし、叶え方にとんでもないクセがある。

「では申す。材料が欲しいと申したな。叶えてやろう、金沢伝統の“格式高き形”で!」

 カナザワノカミが扇を一振りすると――

 ぽん!

 勇人の買い物袋に、なぜか「加賀友禅でくるまれた竹串(謎に高級)」「金箔つきうちわ(美術館級)」「職人手作りの和菓子(展示用)」が現れた。

「ちょっ、これ全部……高すぎて使えないよ!? イベントの屋台用だよ!?」

「うむ、格式重視ゆえ。貧相なる量産品など、神の前には無礼にて候」

「せめて“ふつう”をくれよ! これ、使ったら予算飛ぶ!」

 勇人の叫びに、カナザワノカミは悠然と立ち上がり、扇で口元を隠す。

「小僧、見極めるがよい。真に必要なるものとは、値段か、格式か。拙者は、ただ最上を与えし者にて候」

「うわ、面倒な神様だ……!」

 がっくりと肩を落とした勇人を残し、神様はすでに次の願いを探して、金沢21世紀美術館の方角へと消えていった。

 ただし――その背中に、こっそり貼られたメモにはこう書かれていた。

 《この神様、金箔使いすぎ注意》

 ――そして翌日、金沢の街に小さな騒動が起こった。

「商店街の和菓子、ぜんぶ美術品みたいになっとる! 食べるのもったいないわ!」

「これ、手ぬぐいじゃなくて加賀友禅……? えっ、買えない! 高すぎ!」

 神様の“格式ある干渉”が、見事に裏目へと発展していた。街の老舗たちがざわつき、商店街の会長がついに動いた。

「最近、やたらと金箔まみれの商品が出とるが……あのベンチの変な人、怪しいぞ!」

 と、会長直々にカナザワノカミの調査が始まったのだが、カナザワノカミ本人はその頃――

「うむ、この茶屋、風情ある。そこの抹茶、格式が足りぬ。金粉をふれ」

 と、勝手に茶葉に手を加え、店主にしこたま怒られていた。

「神様でも勝手に台所入らないでくださいね! 衛生管理ぃっ!」

「なにゆえ、風雅なるおもてなしが理解されぬ……これだから現代は……」

 肩を落としながら歩いていたそのとき、再び勇人に再会する。

「おい、神様、昨日のせいでうちのイベント、予算オーバーして怒られたんですけど!」

「ぬぅ……ならば、今度はお主の懐に優しき願いを、格式を保ちつつ叶えてやろう」

「いやだから、その“格式”ってやつが、毎回ズレてんですよ!」

 とはいえ、勇人も困っている。仕方なく、「じゃあ今度は屋台で売る普通の団子セットを……なんとか手に入りやすくお願いします」と、懇願してみた。

 カナザワノカミは、腕を組んで考える。

「ふむ、では、“格式を守りつつ庶民的に見せかける”方法にて叶えよう。……名づけて、“加賀百万石スペシャル団子・お手頃風”!」

「だからその“風”がヤバいんだってば!」

 そして扇を振った。

 次の瞬間――

 「焼き色完璧の五色団子(一本に五味:味噌・胡麻・金箔・抹茶・柚子)」「楓模様の箱入り」「茶道具付き」という、謎にハイブリッドな団子セットが登場。

「いやあああああ! また高級すぎるやつ来たああああ!」

 叫びが商店街に響き、観光客が拍手喝采しながら写真を撮る。

 「さすが金沢ですね!」「これ、インスタ映えします!」

 結果的に、団子はSNSで話題に……って、SNSネタ禁止だった!!

(神様、制約を忘れた)

 勇人は頭を抱える。だが、神様は満足そうだ。

「うむ、見よ、これぞ格式と庶民性の共演――いや、共演とは失礼。格式が主役なり」

「もう……疲れた……」

 その後、勇人は団子を「展示用」として売り、手作りの普通の団子も並べて無事完売。イベントは大成功に終わった。

 そして、その夜。ベンチに腰かけるカナザワノカミが、そっと呟いた。

「ふ……本日もまた、ちょっとだけ働いたな……加賀百万石の誇り、ここにあり……」

 ベンチに座る神様を照らすのは、ライトアップされた兼六園の松。通りかかった老夫婦が言った。

「あの人、また座ってるよ。あれ、誰かの孫かいね?」

「さぁ……でも、ちょっといい顔してるわね。金箔男爵」

 またしても神様としては認識されなかったが、カナザワノカミは満足げに微笑んだ。

 ――その背後に、さりげなく貼られていた新しい張り紙。

 《この神様に願うと、すべて金箔つきになります。覚悟のある方のみ。》

 こうして今日も、金沢の街では、ちょっとズレた神様が、ちょっとだけ働いていた。


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