ジャグ郎効果
朝の商店街に「おっとっとっとっとぉ!」という、軽妙な声が響きわたった。
パン屋の前。八百屋の横。ドラッグストアの前を通り過ぎるたびに、それは必ず現れる。
彼の名はジャグ郎。本名:関根繁三。年齢は不詳、職業も不明。だが彼の特技はひとつだけ明らかだった。
それは――ジャグリング。
「ちょ、トマトで!?」「今度はネギ!?」「サバ缶て!?」
通行人の声をBGMに、ジャグ郎はどこからともなく食材を取り出しては、宙に放り投げる。華麗な手つきで回し、受け止め、また投げる。八百屋のカゴの上で大根がスピンを決める姿に、子どもたちは拍手し、大人たちは財布を握りしめる。
「おじさん、これ買うわ」
「ありがとうございますっ」
気づけば八百屋の売上が2倍に。ドラッグストアでは栄養ドリンクとサプリのジャグリングによって、売上が3倍。さらには商店街全体がジャグ郎効果で活気づき、「ジャグ・マルシェ」なる朝市まで始まった。
しかし、そこに目をつけたのが、町の対抗勢力「静かな朝を守る会」である。
「こんなにトマトが宙に舞う町、見たことありません!」
「朝のヨガがまったく集中できない!」
会の代表・冴島ヨネ(74)は、腕組みしながら言った。
「第一、サバ缶を投げるのは危ない!」
そこで、町内会での緊急会議が開かれた。
「このままじゃ、町が“ジャグリング特区”になりますよ!」
「いや、それはそれで観光資源じゃないか?」
「いやいや、“商店街マリオネット”とか海外に勘違いされますって!」
議論は紛糾。最終的に導かれた解決策は――「ジャグリング禁止条例(朝9時〜10時限定)」。
しかし、当のジャグ郎は涼しい顔だった。
「ええ、僕のショータイムは夜型なんで」
が、ここで新たな問題が持ち上がる。
夜の商店街で始まった“光るジャグリングショー”。
「……うわっ、まぶし!」
「ネギがLEDついてる……って何だこれ!」
ジャグ郎は進化していた。光る野菜、反射材付きのこんにゃく、スモークマシンから出てくる豆腐。
「豆腐ってスモークしちゃダメなやつじゃ……」
ジャグ郎のショーは次第に拡大し、最終的には大型モニターまで持ち込まれ、地元ケーブルテレビで「JAGURO-TV」が開局。地元民の「寝落ち用BGM」にも使われ始める始末。
しかし、ある日。
事件は起きた。
「ネギが! ネギが消えたあああ!」
ジャグ郎が叫んだのは、いつもの八百屋前。3本構成だったはずのネギジャグリングが、なぜか2本しかなかったのだ。
「ネギ誘拐事件だ!」
町は騒然。防犯カメラには、夜中にカゴからネギをそっと抜き取る、黒いシルエット。犯人像は意外な人物だった。
「……あたしよ」
それは、あの冴島ヨネだった。
「ネギ投げるなんて、もったいなくて……。今朝のお味噌汁に入れたら最高だったの」
町中が唖然とする中、ジャグ郎はただ一言、
「……そのネギ、シャキシャキだった?」
「ええ。涙が出るほど美味しかった」
「じゃあ……本望です」
その日以降、ジャグ郎のショーには必ず「1本分の食材はヨネさん用」が用意されるようになった。ヨネも週3で前列を陣取るファンとなり、町は再び穏やかな騒がしさを取り戻す。
いまや商店街の入り口には、大きな垂れ幕が下がっている。
《ようこそ!ジャグ郎と元ネギ泥棒の町へ!》
いったいどんな町なのか、よくわからないが。
今日もジャグ郎は軽快に食材を宙に舞わせる。
「さあて、今夜は……餅だ!」
……やめておけ。餅は跳ね返る。
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