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第144章 安城市:アンジョウノカミの実用主義が迷子になる日

 安城市の朝は、音で始まる。

 工場の始業ベル、自転車通学のブレーキ音、味噌煮込みうどんの湯気が立てる「しゅん……」という静かな主張。それらの一つひとつを、黙って見守る存在がいた。

「……よし、今日も“実用性”を優先していくぞ」

 それが、アンジョウノカミ。産業と歴史をこよなく愛する、真面目で堅実な神様である。

 願いは実用的に。過剰な演出は不要。感動より機能性。華やかさより堅牢性。

 そんな彼に、今朝届いた願いは──

【願い】
「子どもが“理科の自由研究”を最後までやり切れますように」

 ──ある意味、夏の最難関。


 午前8時、某・安城市立小学校。

 神は、白衣姿で登場した。神なのに、完全に理科準備室の先生である。

 対象の少年・ヨシキは、まだ布団の中である。

「おかあさ〜ん、ボクは“朝露の観察”にするって決めたのに、今、外、雨じゃん……!」

 すでにピンチ。

「お困りか?」

 ヤバめのテンションで出現する神様。

「ど、どちら様……?」

「私はアンジョウノカミ。理科と歴史と実用性の守護神。自由研究は“現実的なテーマ選定”からが勝負だ」

 神、唐突に手渡したのは──

「『部屋にあるもので即座に終わる理科研究テーマ30』という冊子……?」

 そこにはこう書かれていた。

  • ティッシュの耐水性比較(3種)

  • 冷蔵庫内の温度分布(5分)

  • ボールペンの芯、どれだけ残ってると不安になるか

 「理科……なのか、これ……?」という問いは無意味だった。

「とにかく、“終わる”ことが最優先だ。記録をとり、まとめて、提出。以上!」

 神様、ガチすぎる。


 午前10時、次の願いが届く。

【願い】
「祖父の使ってる“謎の道具”、使い道が不明なので教えてほしい」

 現場は、納屋。

 出てきたのは、鉄でできた“巨大な“くるくる”と“木の棒”が一体化した物体。

「これは……ローラー式野菜しぼり機……かと思ったが、違う」

 アンジョウノカミ、5分間考察。

「結論:これは“昔の人がよく使った謎の道具”です」

「説明、逃げてませんか!?」

「違う。“そのまま言う”のが一番、実用的なのだ」

 だが、翌日その説明を受けた祖父がひとこと。

「……これ、洗濯板を干す台だったんだけど」

「神、敗北……」

 ひとまず、同じく納屋にあった“牛乳瓶の王冠コレクション”を使って、自由研究テーマとして再活用することになった。


 午後、工業団地の駐車場でトラブルが発生。

【願い】
「自販機の釣り銭が異様に多い。なんで?」

 現場に急行したアンジョウノカミ。

 中を覗き──そっと紙を貼った。

《原因:たぶん誰かが五百円玉を大量投入して崩したまま帰った。以上。》

「いや神様、もうちょっと神らしい解決を……」

「この張り紙が、一番早くて誰も傷つかない。実用的だ」

 そしてその張り紙、3日間でInstagramに4回投稿され、“味がある”と話題になった。

「……意図せぬ副産物」

 神、苦悩。


 夕方、願いが増える。

【願い】
「今夜の夕飯、現実的にうまく乗り切りたい」

「了解した」

 神、買い物メモを自動生成。

  • 味噌(特売)

  • たまねぎ(冷蔵庫に2個)

  • 乾麺(ある)

  • 卵(昨日の残り)

 提案レシピ:《たまねぎ味噌ラーメン風リゾット with 謎の力》

 神様、そのまま“神の味の素”をひとつまみ加えてニコリ。

「……万能」

 願い、達成。


 夜。アンジョウノカミは自作の“願い記録ノート”に今日の成果を記していた。

《本日の願い件数:4件
 うち:実用的達成→3件
 敗北(道具判断ミス)→1件》

「まあまあだな……でも、“わからない”ことを認めるのも、実用的態度だ」

 そう言って、神は読書灯でページを照らしながら、古い修理マニュアルに見入った。

 明日もまた、安城のどこかで、彼は“役に立ちそうで立ちすぎる”神業を繰り出すのだろう。


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