健康診断のあとの、謎のおじさん
「はい〜、では佐久間さん、採血終わりましたー」
看護師さんの明るい声に促され、私は脱脂綿を押さえながら席を立った。
健康診断会場、都内のどこにでもありそうな、地味なレンタル会議室。
次は心電図か……と思って廊下に出たところで、私は彼と目が合ってしまった。
――謎の、おじさん。
「君、今、脂肪肝気味って言われたでしょう」
「……えっ!? なんで分かったんですか?」
「顔で分かるよ。目の下、ほんのり黄色い」
「……黄疸出てる!?」
「いや出てないけど、人生が黄色い。酒控えて、納豆食え」
「誰!?」
おじさんは真顔で私の肩を叩き、そのまま窓のほうへと歩き出した。
受付スタッフでもなく、医者でもない。ただの上下スウェット姿のおじさん。
――なにこの人、付き添い? いや、いたら怖いって。
「心電図、ちょっとドキドキして出るから深呼吸な。あとでバリウムのとき、炭酸の粉は一気飲みだぞ。躊躇すると泡立たないから」
「本当に誰なの!?」
「元・人間ドックの精霊だった男だ」
「意味がわからん!」
そう言っておじさんは、自販機の前で立ち止まり、缶コーヒーを買った。ブラック。
その動きがやけにシュッとしていて、逆に腹が立つ。
「どうせ午後から出社なんだろ? このあと水分いっぱい取れよ。尿検査の色でその日の機嫌決まる上司、いるから」
「……なんか、否定できない……!」
その瞬間、私は悟った。
――このおじさん、もしかして“健康診断あるある”でできている。
「午後の再検査、行くか迷ってるだろ。お前のために言う、行け」
「なにその『お前のため』の説得力……」
「あと、ここだけの話――昼ごはん、油もの避けろ。CT写る。リアルに」
おじさんはそう言って、すっとポケットから飴を一粒、私の手にのせた。
レモン味。やけに健康そうな香りがした。
「名前……聞いてもいいですか」
「俺か? そうだな……健康生活導入指導士“ヘルスおじ”だ」
「その資格、どこで取ったんですか!?」
その瞬間、スタッフの声が響いた。
「佐久間さーん、心電図の順番きましたー」
振り向いたときには、ヘルスおじの姿は消えていた。
ただ一つ、私の手には飴と、なぜか血圧の記録表のコピーが残されていた。
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