第73巻 川越市:カワゴエノカミの願い
埼玉の小江戸、川越。
蔵造りの町並みが続く一角に、木札で「神様こちら」と書かれた軒下がある。
中を覗くと、畳一畳分の空間に、こぢんまりと鎮座している神様がいた。
その名も――カワゴエノカミ。
着物姿で湯呑を手にしながら、なぜか毎回、長い前口上を話してくる。
「拙者、川越の守り神なり。願いを申すなら、心を正し、座して己が胸に問うべし」
初詣の列がぜんっぜん進まないのは、だいたいこの神様のせいである。
その日、参拝に来たのは中学生のハルカちゃん。
部活でマドンナ的存在の3年生に憧れている。
「カ、カワゴエノカミ様っ、わたし、あの先輩と話したいです……!」
すると神様は静かに目を細め、
「想い人との縁、古より“駄菓子屋にて練り飴を共に練るべし”と伝えられておる」
「えっ!?練る!?飴を!?」
その日、ハルカちゃんは近所の駄菓子屋で練り飴をふたつ買い、
偶然を装って先輩と肩を並べた。
結果、3分後には
「ちょ、なにこれ固すぎない?」「ていうか手めっちゃベタベタ……」
という謎の共同作業が始まり、妙に仲良くなった。
カワゴエノカミの願いの叶え方は、とにかく古風。
「LINEで告白」なんて言おうものなら、
「文は筆にて書くべし。返事は文鳥にて届けさせよ」
などと、江戸時代スタイルにされてしまう。
あるとき、会社員の男性がやってきた。
「宝くじを当てたいんですが……」
神様はうなずき、
「ならばまず、銭洗弁天にて小銭を洗い、
酒を三合飲んで寝て、夢に白蛇が出たら、
その翌日、茶屋の隣の店の前でコケた際、偶然買った番号が当たるであろう」
「まわりくどい!!!」
でも彼は真面目にやった。
そして――本当に当たった。
3等(3万円)。
「うわあ……まわりくどいけどリアルな金額……!」
一方で、最近の若者はよく混乱する。
大学生グループが、
「川越で映えたいんで、インスタバズらせてください!」
と祈願したところ、
「うむ、では“花魁の仮装で芋けんぴを一列に並べる儀”を行え」
と言われ、彼らは地元商店街で芋けんぴを140本縦に並べた。
(しかも浴衣姿で)
結果、SNSでは“#意味のない儀式”として微バズった。
この神様、とにかく古き良きにこだわる。
・告白→文通
・就職祈願→履歴書を筆で書く
・合格祈願→そろばんで数を合わせろ
・失恋の慰め→三味線の音色を聴いて泣け
何を頼んでも、なぜか“蔵のある生活”に寄せてくる。
だが、それが川越らしいとも言える。
町の人たちは、ゆるやかな時間の中で、
どこか不思議な願いごとを、ちょっとズレた形で叶えてもらう。
夕暮れ時、神様は軒下の火鉢に炭を足しながら、ぽつりと言った。
「願いとは、叶うまでの道こそが、尊きものなり」
静かに笑うその顔は、どこか時代劇のラスト5分みたいな雰囲気だった。
📌
川越の願いは、時間がかかる。
でも、それがいい。
急がない。近道もしない。
不便さを楽しむのが、小江戸の流儀なのかもしれない。
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