第85巻 久留米市:クルメノカミの願い
福岡県久留米市。
筑後川が流れ、伝統工芸とラーメンの香りが交錯するこの街には、美意識が異常に高い神様がひっそり暮らしている。
名を――クルメノカミ。
願いを叶える際、美的に・優雅に・そしてやたら繊細に手を加えるのが特徴だ。
一言で言うと「見た目重視の神様」である。
さて、久留米市内の美術系専門学校に通う学生、音羽。
彼女の悩みは深かった。
「作品が全然評価されない……てか“シュールすぎ”って言われた……」
彼女の提出した卒業制作は、
『漆塗りのラーメン丼から飛び出す折り鶴』という謎アート。
講師に「意味は?」と聞かれ、「感じろ」と返したらマイナス評価だった。
「もう、芸術ってなんなん……! せめて、ちょっとだけ報われたい……!」
彼女が叫んだそのとき、
どこからか、ふわっと墨のような香りが漂った。
気づくと、目の前に渋すぎる神様が立っていた。
羽織を着て、手には極細の筆。指先が異様に白い。
「……願い、聞いた」
「え、誰ですか!? 画材屋の店長!?」
「クルメノカミだ。願い、美的に叶える」
次の日。
学校に行くと、彼女の作品にやたら人だかりができていた。
「これ、やばくない? 曲線が“祈り”って感じじゃん」
「意味が“ない”のが、逆に意味あるっていうか……」
「この“ラーメン鶴”って名前が、ジワる……!」
気づけば講師も「意外と深い……かも……」とつぶやき、
なぜか学内展示のメインビジュアルに抜擢。
さらに翌週、地元テレビ局が「久留米発! 鶴と漆のモダン融合アート」と紹介し、
SNSでバズ……はしなかったが、筑後川漁協の会報誌に掲載された。
「えっ、どういうこと!? なんで評価されてるの!?」
その夜、墨の香りとともに再登場したクルメノカミが言う。
「願い、美的に添えた。フレームとライトとキャプション、全部調整した」
「そんなことで印象変わる!?」
「美とは、そういうもの」
「やたらプロっぽい!?」
それからというもの、音羽の身の回りで“美的補正”が起き続けた。
・自分の服がなぜか毎朝、色彩バランス完璧に並べられている
・LINEのスタンプが全て和風テイストに変わっている(しかも自作)
・カップ焼きそばにかけた青のりが、たまたま北斎の波みたいな形になった
「なんなの!? 美に取り憑かれてるの!? 私!!」
「そう。君、いま“美しさの道”に乗った」
「いや、そんなジャンルあったっけ!?」
最終的に音羽は、
久留米市の観光協会と共同で「工芸×即席麺アート展」を開催。
地元の中学生が「意味わかんないけど、かっこいい」と口にし、
講師も「よくわからないけど、悔しいくらい完成してる」と評した。
彼女の鶴ラーメンは、“久留米の前衛的工芸”として市内の一角に常設展示されることになった。
今日も久留米のどこかで、
「わかる人にだけ刺さる」アートをそっと押し上げる神様がいる。
願いは、美しく、さりげなく。
気づかないようで、ちゃんと変わっている。
それが――クルメノカミ流。
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