【bon38:鹿児島県_おはら節と“気遣いオーバードライブ”】
鹿児島中央駅を出た瞬間、蒸し暑さとともに音楽が飛び込んでくる。
「花は霧島、煙草は国分……」
哀愁を帯びたメロディ。
しかし駅前ではすでに、おはら祭のプレイベントが始まっていた。
人々が笑顔で踊るその中で、一人、まったく落ち着かない男がいた。
「ちょ、ちょっとあの人、足もつれそうじゃない!? うわっ、こっちは子どもがはぐれ――! すいませーん! ここ通っていいですかぁっ!?」
洸哉である。
場の空気を読むというより、全員の“未来の困りごと”を先読みしてテンパる男。
踊るどころではない。
だが、その横で涼しい顔の女が口を開く。
「洸哉、あなたね、“優しさで人を埋めるタイプ”なのよ」
そう言ったのは愛都美。
周囲にあふれる“未整理な思考”をひとまとめにして、前に進むことが得意な未来志向の女。
その言葉に、洸哉が振り向いた。
「えっ、なにその“戦国武将の短評”みたいな言い方!」
彼女は微笑んだ。
「せっかくのおはら節なの。今を踊らなきゃ、誰がこの街に敬意を返すの?」
「……それ、めっちゃ正論だけど、こっち今、心が渋滞してるから!」
そこへ、第三の刺客――いや、第三の人物が現れる。
隆次。
人の気持ちを察して寄り添いすぎるあまり、だいたい「その人と同じテンション」になる男。
「おはよう。……あ、そっか、“今”は“おはら”だったね」
その言い方が、なぜかちょっとだけ“悟りの入り口”みたいだった。
隆次はゆっくりと踊りの輪へと歩み出た。
その動きは、踊りというよりも“調律”。
周囲の空気に静かに馴染み、違和感なく波紋を起こす。
「……あれ、もしかしてこの人、“人のテンションにチャンネル合わせる踊り”してる?」
洸哉がぽつりと呟いた。
たしかに隆次の動きは、子どもたちが走るテンポに合わせて軽快になり、
ご年配が踊るときはしっとりと和らぎ、
外国人観光客の“ぎこちないノリ”にも自然と寄り添っていた。
「すご……! まるで踊りにおける“共感型AI”みたい……!」
「うん、でもきっと彼、踊り終わったらどっと疲れるよ」
そう分析する愛都美。だが、そこに含まれるのは未来を見据えた優しさだった。
洸哉は彼らを見て、口を開く。
「なんかさ……今まで俺、ずっと“全員に気を遣うこと”が正解だと思ってたけど……違ったかも」
愛都美が笑う。
「いいのよ。“気づける”のがまず才能。そこに“自分のリズム”を乗せていけたら、それが踊り」
その言葉に、洸哉の肩からすっと力が抜けた。
彼は大きく息を吸って――
「よし、俺も“鹿児島の風”になる!」
……と叫んだ瞬間、勢いあまって近くの屋台のいも天に突っ込みそうになった。
「おい風、せめて方向確認してから吹け!」
屋台のおばちゃんが笑いながらつっこむ。
そして周囲からも笑い声が起こる。
その瞬間、祭りはひとつ、深い呼吸をしたように見えた。
踊りと笑いと、ちょっとした失敗。
それでも空気は穏やかで、音楽は変わらず、軽やかに響いていた。
(bon38:End)
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