第69巻 北区:キタクノカミの願い
東京・北区・赤羽の朝は、意外と落ち着いている。
立ち飲み屋の暖簾がまだ眠っていて、駅前のパン屋に焼きたての香りが漂う頃、ひとりのOLが荷物を抱えて現れた。
「ここが……“赤羽の神”ってやつの神社か……!」
そのOL・美帆は、片手に持ったゴミ袋のようなトートバッグを振り回していた。中身は、書類、ポーチ、昔のiPod、謎のUSBメモリ……。
「……これを、ぜんぶ消し去りたいの!!!」
彼女が叫んだのは、“過去の断捨離”である。
そんな彼女の前に、スーツ姿でノートPCを開いて座る神様がいた。
キタクノカミである。
クールで、都会的で、メガネの奥の目がギラリとしている。なのに、持ってるのはApple製のトラックパッド。
「……その願い、承った。まずExcelで“捨てる基準”を定義して」
「は?」
「定義せずに“捨てたい”というのは、感情であり、論理ではない」
神様、サラリーマンの朝礼か何か?
「……それでは、まずこの『要らないと思われる物品一覧.xlsx』をお渡しする。今すぐ入力」
渡されたのは、プリントアウト済みのExcel(A3)。全部で7枚。A列に「物品名」、B列に「思い入れレベル(0〜10)」、C列に「処分理由(具体的に)」が並ぶ。
「私、神社に来たんですけど!?なぜオフィス気分!?」
「……都会の神とは、情報整理の神でもある」
言い切った。キタクノカミは言い切るタイプだ。
美帆は黙ってA列に「iPod nano(第3世代)」と記入した。
30分後、書き終えた一覧表を差し出すと、神様はノートPCを叩きながら呟いた。
「……うん、わかる。“キラキラデコ手帳(2009)”の“呪いっぽい願い事”欄は、確かに処分対象」
「お願い、それは忘れて!!」
「……しかし、“捨てられないもの”にこそ、今の自分が詰まっている」
そう言って神様が差し出したのは、印刷されたレポート用紙1枚。タイトルは、
「あなたの“過去に縛られる理由”と、その打開策:キタクノカミ分析による」。
「レポート付き!? PDFじゃなくて紙で!?」
「紙で見ないと実感が湧かないだろう。都会は物が溢れる。だから“選ぶ力”を、今、君に渡す」
それは願いが叶った瞬間だった。バッグは軽くなり、気持ちも整理された気がする。Excelだけど。
📌
赤羽に、断捨離の神がいるとは思わなかった。
でも、スーツ姿で、資料付きで、ちゃんと願いを整理してくれる。
それって、都会で一番ありがたい力かもしれない。
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