【bon22:岩手県_南部牛追い唄と“牛役に命をかけるな”事件】
「うし〜うし〜と〜 うた〜えば〜」
響くのは、どこか懐かしい牛追い唄。
舞台は岩手県遠野市、緑に囲まれた盆踊り会場。
その中で、ひときわ異彩を放つ存在があった。
雄大、全身茶色いボディタイツにツノを付けていた。
「モォオオオ!! 俺が南部の牛だァァ!!」
「やめろォォォ!!」
叫ぶ美琴、顔面真っ青。
だが雄大は真剣そのもの。
彼の中では「牛追い唄=牛の視点に立つ」という独自解釈が完成していた。
「わかるだろ!? 牛の気持ちで聞いた方が、この唄の深さが増すって!」
「その理屈で行くと、今後全部の踊りで“歌詞に出てくるもの”にならなきゃいけなくなるよ!?」
一方で、中央には無口で落ち着いた青年――あやとが立っていた。
彼は、冷静な観察力を持ち、雄大の存在も一目で“何かがおかしい”と察知していた。
「……牛役はいらない。牛はいない。これは、“追う側”の歌」
「マジで!? 俺、出番なかった!?」
「むしろ、いると邪魔だ」
「うわ、的確ッ!!」
そのころ、踊りの列では小百合とはづきが、緩やかなリズムに合わせて踊っていた。
「……なんか、このリズム……“働く人の歩調”って感じだよね」
「うん、変に派手じゃないけど、すごく“生きてる”感じする」
ゆったりと進む、牛を追うような動き。
そして誰よりも牛に近づこうとする雄大、全力疾走。
「そっちじゃないってばァァァ!」
踊りの輪の中で、妙に“足の上がったステップ”が混ざっていた。
「フッ……牛はな、こうやってゆっくり地面を踏みしめるんだよ……」
雄大は地を踏みしめながら、ひとり牛ウォーク。
「誰もお前に“役作り”頼んでないからな!?」
拓朗が静かにツッコミを入れた。
そこに現れたのは、優雅な和装に身を包んだ女性――由梨奈。
彼女は、踊りの輪の中心で、柔らかく美しい手つきで動いていた。
そして、踊り終わりに一礼したその姿はまるで、牛追いではなく“風を導く者”のようだった。
「……踊りって、“誰かに見せるもの”だけじゃなくて、“誰かを想うもの”なのね」
小百合が感動してつぶやく。
「うわ、それすごく盆踊りっぽい……! なんでそれ、さっき牛の横で言わなかったの!?」
はづきのツッコミが入る。
するとそこに、無表情の男――洋一郎が近づいてきて、雄大をガン見しながら一言。
「……お前、すごいな」
「お!? わかってくれる!?」
「その格好で、みんなの視線全部背負ってる。誠実に、堂々と。……俺には真似できない」
「なんか……褒められた!?」
「いや、“恥知らずってすごい”って意味だよ」
「貶されてたァァァ!!」
結局、地元のおばあちゃんが“あんた熱中症になるからこっち座んな”とタオルを巻きに来たことで、雄大の牛役は終了。
そしてラスト、牛追い唄の締めくくりが流れると同時に――
「モォオオ……お疲れ様でした……」
全力で演じきった男が、干し草の山に突っ伏して倒れた。
由梨奈が、うっすら笑って言った。
「……たぶん、あの人の“魂のステップ”は、牛も感謝してると思うわ」
「いや、牛にそんな高尚な感情ないから!」
美琴のラストツッコミと共に、岩手の夜がゆっくりと更けていった。
(bon22:End)
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