第16話「夏祭り、古代ギリシャ代表出場」
「アルキメデスさん、今夜ヒマ? 夏祭り、一緒に行こうよ!」
放課後、松井が誘いかけると、アルキメデスは「祭り……?」と目を細めた。
「それは……神々に祈りを捧げる日か?」
「いやいや、金魚すくいとかたこ焼きとか、楽しい屋台がいっぱい並ぶやつ!」
「屋台……?」
—
こうしてその夜、古代ギリシャから来た男が、
近所の神社で行われる地域の夏祭りに出没するという事件が起きた。
—
「……これが、“ゆかた”か……?」
更衣室代わりに使われた松井家のリビングで、アルキメデスは鏡の前に立ち尽くしていた。
上下ともに藍色の浴衣、帯はすでに吉澤が結び終えた。
「完っ全に日本人! あ、いや、日本人“ぽい”!」
「でも顔が完全にソクラテスだから台無しだな……」
—
そして夕暮れ。
赤提灯が揺れる境内。
人波の中を、異様に堂々と歩くアルキメデスの姿があった。
「わしは……いま、神の住まう社にいるのか?」
「いや、町内会のテントの横だよ、それ」
金魚すくいの屋台の前に立ったアルキメデスは、目を輝かせていた。
「これは……水の中を自在に泳ぐ赤き魚……しかも紙の道具で“すくう”という試練……!」
「試練ちゃう! 遊びだよ遊び!」
—
店主がポイ(網)を手渡す。
「兄ちゃん、初めてかい? ゆっくり入れてな、水面切っちゃだめよ〜」
「なるほど、“水面張力”が破られぬように……
これは浮力と表面張力と摩擦と——四重の戦いではないか!!」
「……なんかやばい奴来たな、今年……」
—
そして挑戦開始。
金魚の動きを観察し、じっと息を止める。
「魚の運動量を計算……流体内の軌道を予測……
いまだッ!!」
すっ……
ポイが水に沈む瞬間、金魚がふわっとすくわれた。
—
「と、取れた!? 一発で!?」
「ほう……魚類の挙動、想定通りだった。
次は二体同時を狙うか……!」
—
屋台の店主は目を見開き、
「うちの店、今年で終わるかもしれん……」とつぶやいた。
—
その後も、射的では反射角を論じながら完璧に命中。
たこ焼きは「これは……球体の中に熱と旨味が閉じ込められた魔球……!」と感動し、
くじ引きでは、確率論を語り始めて子供を泣かせた。
—
そして夜。
神社境内の特設ステージでは、浴衣コンテストが始まっていた。
司会「続きまして、参加番号8番。ええー……ギリシャから来た……アルキメデスさん?」
—
アルキメデスは、舞台の中央に立ち、満面の笑みで叫んだ。
「皆の者! この日を祝し、わしの持つ“浮力の歌”を——!」
「いややめて!! そういうコンテストじゃないから!!」
—
その夜のノートにはこう記されていた。
《祭りと力学》
・金魚すくいは、微細運動の極致
・屋台食は、形状と味覚の融合芸術
・神社の舞台は、突然に“演説台”となることがある
・浴衣は涼しいが、帯の締めすぎには注意
(第16話 完)
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