『動かぬ部長とナマケモノ改革』
「……で、部長は今日も、動いてないんですよね?」
「うん。昨日と同じ椅子に、同じ角度で、同じように。……ちょっと色あせて見えるのは、気のせいかな」
我が社の営業部には、伝説の部長がいる。
名を那間毛(なまけ)部長という。
仕事をしないことで有名だった。いや、正確には「動かない」。
朝9時ぴったりに出社。10時に席に着き、12時のチャイムで昼寝開始。午後の部は、口元に紙コップが接近すると、反射的に飲む程度。あとは微動だにせず、夕方には「よし、今日はよく働いたな」と帰る。
……にもかかわらず、業績がなぜかトップ。
会議では何も言わないが、「……」という沈黙だけで相手を動かす。
部下がパニックになって相談に行っても、「……」とまばたきひとつで方向性を示す。
なんなら営業先でも、一言も発さずに相手から「……なんか、もう御社に任せます」と言わせる。
その神がかり的“無動力外交”により、那間毛部長は「人類初のナマケモノ型リーダー」と称されていた。
そんなある日、事件が起きた。
「部長が、動いた!」
そう叫びながら女子社員がフロアを駆け抜け、社内が騒然とする。
部長が立ち上がったのだ。
実に半年ぶりの直立姿勢だった。
みんなが唖然と見守る中、那間毛部長は、ゆっくりと腕を上げた。
「働き方改革……やります」
その一言に、空気が震えた。
「えっ……部長が、働き方改革を?」
「いや……お前がまず働けよ!」
と心の中で全員がつっこんだが、誰も口に出せなかった。
その翌週。営業部には「静止時間」という制度が導入された。
「1日90分まで、何もしてはいけない時間を設けます」
「それ、就業時間……削ってるだけでは?」
「違います。“動かないことで得られる気づき”を重視しています」
さらに、会議はすべて“アイコンタクトのみ”で実施。
「言葉を超えてつながる文化へ」
もちろんほとんど伝わらない。
その結果、ミスが増え、得意先から「御社、いよいよスピリチュアルに寄ってきましたね」と警戒され始める。
だが、部長は動じなかった。
むしろ「その反応すら読んでいた」顔をして、再び椅子に沈んだ。
──ここで立ち上がったのが、入社3年目の熱血社員・谷口。
「いい加減にしてください!このままでは営業部は沈没します!この“動かない改革”に意味があるとは思えません!」
谷口の訴えに、部長は初めて、明確なジェスチャーで答えた。
右手を胸にあて、ゆっくりとうなずいた。
「君のような声を……待っていた」
「えっ?」
「この“動かない”という極限の怠惰は、実は“動きたい奴の本気”を引き出すための布石だったんだよ……!」
「いや、そんなマンガみたいな展開あります!?」
部長は続けた。
「誰かが止まるからこそ、誰かが動ける。逆もまた然り。私は“止まること”の限界を探っていたんだ……人は、どこまで止まれるかを!」
「なにその研究方向!」
けれど不思議なことに、谷口の勢いに後押しされるように、社内が次第に目覚めていった。
会議ではみんなが言葉を発するようになり、営業も対話重視へ。業績も回復傾向へと転じる。
そして部長は、すうっとフェードアウトするように退職した。
「……私の役目は終わった。あとは動く人間たちに任せるよ」
送別会では、部長が珍しく長く語った。
「ナマケモノは1日数メートルしか動かない。でもね、逆に言えば“絶対に止まらない”とも言えるんだ。そういう姿勢が、私は好きなんだ」
……数日後、部長の退職祝いに社員が贈ったのは、本物のナマケモノとのふれあい体験チケットだった。
彼は感激し、「初めて泣いた気がする」と言った(涙の動きがあまりにゆっくりすぎて、誰にも気づかれなかったが)。
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