【bon40:三重県_伊勢音頭と“参詣トラップ”】
朝、まだ日が昇りきる前の伊勢。
おかげ横丁には、すでに人がちらほら。
木製の看板に沿って並ぶ土産屋、ほのかに香る赤福の甘さ。
そこに、見慣れぬ一行が現れた。
「……伊勢音頭って、結局、何が“音頭”なんだ?」
正汰郎が厳しい顔でつぶやく。
彼は“理論”と“筋道”に命をかけている。
朝6時台から既にストップウォッチを回していた。
「音頭は音頭でも……ほら、伊勢参りのテンポよ、テンポ!」
加穂里が張り切って進む。
“予定を立ててから失敗する派”で、すでに地図に20箇所のマーカーが引いてあった。
「ねえ、これ、今どこ? っていうか僕ら……朝ごはん食べてない……」
輝昌は“裏側の人”。事前準備はするけど、前に出ない。
その彼が、今まさに空腹でリーダーに物申しかけていた。
「……自分で解決する」
瑠多が即座に屋台に向かう。
“自己解決型の極み”である。
無言で串に刺さった伊勢うどんを持って戻る姿は、ある種の芸術だった。
「なんかさ、伊勢の町って……“参拝の作法”ってより、“流されるための道”って感じしない?」
加穂里の言葉に、正汰郎はストップウォッチを止めた。
「……なるほど。“主導権を手放すことで見えるもの”か」
彼は突如として踊り始めた。
伊勢音頭の流れる方へ、体を預けるように、
テンポも、感情も、“一切自分で制御しない踊り”。
「正汰郎さん、顔が……無……!」
「逆に極まってる……!」と輝昌がうなる。
その異様な気配に気づいた地元の方が、ぽつりと。
「……あの人ら、今日、伊勢に“流されに”来とるわ」
参拝道を進む一行。
鳥居をくぐるごとに、音頭のリズムが微妙に変わっていく。
地元の踊り手たちは気づいていないふうで、しかし一拍ごとに“町の呼吸”が変わっていくのがわかる。
「この感じ……“観光者をふるい落とす自然フィルター”かも」
加穂里が手元のマップを見ながら、やや笑った。
そのマップ、今では赤マーカーがほぼ迷路状に引かれていた。
「伊勢音頭って、踊ってるうちに“どこかへ導かれる”って言われてるらしいわよ」
後方から声をかけたのは、露店の老婆だった。
手にしていたのは、串に刺さったまん丸の“団子”。
「この団子、一口かじって、踊ると……道、わかるかもしれんね」
完全にRPGアイテムのノリである。
「すみません、それ5つください」
瑠多が即購入。すでに腹ごしらえを終えていたはずなのに、なぜ。
「これ、マップなしで進む訓練……?」
正汰郎が問うと、老婆はにやりと笑った。
「ちがうよ、“マップが狂う世界で自分を保つ訓練”や」
まるで“伊勢の盆踊り”そのものを語っているような含み。
その時、一斉に流れ出した音頭の節回し。
踊り手たちが肩をすくめ、扇をかかげる。
気づくと、町全体が“参拝”ではなく、“踊り”でひとつになっていた。
「参道が、踊道に変わっていく……!」
加穂里が感嘆し、
輝昌がぽつりと呟いた。
「……ぼく、もう帰ってもいい……すごすぎて……」
だが、瑠多は進んだ。
音に合わせて、団子片手に。
まさかの一言。
「……この踊り、団子食べながらでも可能」
もはや地元民より適応している。
老婆がつぶやく。
「ほんま、伊勢の音頭は“心を無にして流される”もんやからな……」
そしてそのとき、正汰郎の踊りが無重力感すら帯びはじめた。
(bon40:End)
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。