『そのハンマー、なんに使いますか?』
日曜の午前、マンション3階に住む主婦・川村久美子(かわむら・くみこ)は、突如として鳴り響いた「カンッ! ガンッ! ギィィィ!!」という轟音に、コーヒーを吹いた。
隣の部屋からだ。
「まただわ……あの“ハンマーの音”……」
隣に越してきた謎の男・青山晴臣は、毎週末、朝から晩まで何かを叩いている。ドンキホーテで買ったという工具セットがベランダに堂々と干してあり、「それ何用?」と全住民がザワついたのは記憶に新しい。
ついに久美子は、勇気を出してピンポンを鳴らした。
「すみません、あの……少しだけ静かにしてもらえたら……」
「あっ、ごめんなさい!」
出てきたのは、意外にも礼儀正しく、眼鏡の奥の目が優しげな青年だった。
「いま何を叩いてたんですか?」
「えっと……パンチングマシンを改造してました」
「……なんでそんなことしてるんですか」
「……ええと、こう……“日常に突如として現れる格闘の機会”に備えて?」
「どこで!? コンビニ!? スーパーのレジ待ち!? そんな場面、人生でないから!」
青山は、困ったように頭をかいた。
「じつは僕、“実用格闘具研究家”なんです」
「また聞いたことのない職業が……」
「実際に使える護身用アイテムを、日用品で再現するんです。たとえば、ほらこれ――」
差し出されたのは、どう見ても“改造トング”。
「これ、トングだけど、実は“バチン”ってやったら小型のハンマーが飛び出すんですよ。敵の手の甲を狙えます」
「ダメだと思う。完全に怒られるやつ」
「でも僕の中ではこれは“生活に役立つ護身術”で――」
「トングで戦う生活って、どんな状況よ!」
その後、青山の部屋を案内されると、あらゆる日用品が“別の何か”に進化していた。
・洗濯ばさみ:対お菓子の開封専用カタパルト
・目覚まし時計:起爆タイマー風“早起き強制装置”(※鳴ると上から靴が落ちてくる)
・ペットボトル:水鉄砲の構造を逆転させ“飲みながら人にかけられる”防衛機器
「そしてこれが、僕の最高傑作――“紳士用ハンマー”!」
「“用”って何!? どういう場面で!?」
「見た目は小さなハンマー。でも、中にミントスプレーと爪磨きと名刺入れが内蔵されてます」
「すごいけど、用途の組み合わせがバラバラ!」
久美子はふと思った。
「青山さん……あなた、どこか就職とかしないんですか?」
「はい、就職活動はしました。“自作ハンマー持ち込みOKですか?”って聞いたら、面接官に追い出されました」
「当然だと思う……!」
しかし、ある日のこと。
久美子がマンション前で、謎の訪問販売員にしつこくつきまとわれたとき――
「契約しないと、あとで後悔しますよお奥さん? 今すぐハンコ押してもらえますか?」
背後から、シュポッと音がして、青山が現れた。
「やめてください。その営業は違法です。証拠も録音してます」
手に持っていたのは――“ボイスレコーダー付き・ハンマー型名刺ホルダー”。
「これを録音スタンバイにしてました。警察呼びますよ」
訪問販売員は逃げていった。
「……なにそれ、かっこいいじゃない……!」
久美子はその日から、ちょっとだけ青山の“日曜ハンマー生活”に寛容になった。
それどころか、最近は自分もアイデアを出すようになってしまっている。
「ねぇ、青山さん、このフライ返しを“ぬか漬け用秘密兵器”にできない?」
「それ、やりましょう!」
今日もどこかで、「ガンッ! ギィィィ!!」という音が鳴っている。
でも、その音の向こうには、ちょっと変な発明と――ちょっとだけ幸せな未来があるのかもしれない。
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