エクセルの神、今日も降臨しない
「ここ、SUMじゃダメなんですか?」
「違う。“SUMIFS”で条件絞るの。“IF”が増えてるってことは、優しさが増してるってこと!」
そう力説してきたのは、営業部の神谷さん。
社内で「歩くエクセル講座」と呼ばれる存在である。
ちなみに、業務内容は一切不明。朝から晩までずっとセルを見つめている。動かない。
「私、VLOOKUPも怪しいんですけど……」
「もう古い。今は“XLOOKUP”だ。“X”はクロス、未来、そして……可能性だよ」
「中二病混ざってません!?」
入社2年目の私は、毎週火曜に“エクセル地獄タイム”を迎える。
なぜなら、週報フォーマットが人によって進化しすぎていて、誰も中身を理解できないからだ。
坂口さん→ピボットまみれ。集計は完璧。でも表示がグチャグチャ。
村山主任→セル全部にコメントが入っている。読むだけで30分。
私→とりあえず罫線引いた。
そして神谷さんのはというと……
「……この週報、アニメーションしますよね?」
「うん、“関東の売上が前年比超えたら、背景が青くなる”ようにしてる」
「エンタメ性いる!? 楽しいけど!!」
ある日、課長が言った。
「来月から“全員、神谷フォーマットに統一”しようか」
社内に緊張が走った。
「え、それってつまり……」
「VBAが読めないと週報が出せないということ」
「高度すぎて震える!!」
週末、神谷さんの“エクセル講座”が開催された。
任意参加。だが参加しないと、エラー地獄に落ちる。
「この“IFERROR”は、要するに“優しさのバリア”ね。失敗しても大丈夫っていう。恋愛にも必要」
「急にリアルなこと言うな!!」
「あと、ここに“INDIRECT”関数を入れると、シート名が動的に反映されるから、相手が気まぐれでも大丈夫」
「どんな相手を想定してるの!?」
「あと、“文字列を日付に変換する関数”って、元カレとの関係修復に似てるんだよね」
「エクセルで感情語らないで!!」
それでも講座の最後、神谷さんはこう言った。
「覚えておいて。“エクセルが得意”って言うと、だいたい仕事が増えるから」
「本音出た!!」
数日後。
「佐倉さん、ここ、神谷さんの式が入ってるんだけど、意味わかる?」
「見てみます……“=IF(AND($B2>100,$C2<50),”攻め”、”守り”)”……」
「あ、わかった?」
「うん……たぶん“営業戦略”を“ポケモン感覚”で表してる……?」
「絶対ゲーム脳だわ」
そして今日もまた、神谷さんは静かにPCに向かいながら、こうつぶやいた。
「誰かが困ってるとき、そっとIF関数で包んであげたいよね……」
その言葉は、どこか切なくて、優しくて――
やっぱりちょっとだけ、めんどくさい。
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