第19話 上野駅の駅神様
「すべての北へ通ずる玄関口」、上野駅。新幹線に在来線、地下鉄も集まる巨大ターミナルでありながら、パンダと美術館とアメ横がすぐそばにあるという、観光と日常がごちゃ混ぜの街でもある。
ここを守る駅神様は、パンダ柄の法被を着た中年男性の姿をしていた。本人はいたって真面目に「駅と動物園は一心同体や!」と言い張るのだが、手に持っているのはなぜか魚のさばき包丁。アメ横の影響らしい。
「おっしゃー! 本日も北へ南へ、人の流れいっきまーす!」
朝、新幹線ホームに修学旅行生がどやどやと入ってきた。
「わー! はやぶさ! かがやき! こまち!」
カメラを掲げて大騒ぎする生徒たちに、神様はニヤリと笑い、法被の袖を翻した。すると、ちょうど三種類の新幹線がホームに揃い踏み。子どもたちは歓声を上げてシャッターを切りまくる。
「よし、奇跡のトリプルショット! SNS映えは保証済みや!」
一方、在来線ホームでは観光客のおじさんが困っていた。
「えーっと、動物園ってどっちの出口?」
神様は包丁をぶんと掲げ、「不忍口!」と叫んだ……つもりだったが、人には聞こえない。代わりに、出口の案内板の電球が一瞬だけ明滅する。おじさんは「お、こっちだな」と足を運び、無事に動物園へ向かった。
「ふぅ、看板の電気は大事やなぁ」
昼前、アメ横の方向から戻ってきた観光客が、両手いっぱいに買い物袋を抱えていた。乾物、靴、Tシャツ、謎のカニの置物まで。重さにふらつく彼らを見て、神様は眉をひそめる。
「欲張りすぎや! けど、まぁ、それがアメ横や!」
仕方なく袖をひと振り。すると、ちょうど空いたベンチが目の前に現れ、観光客は座って荷物を整理することができた。
午後になると、美術館へ行く列が駅から続いていた。神様は天井からそれを眺めながら、ぶつぶつ独り言を言う。
「フェルメール展か……ああいうのは人だかりがすごいんや。頼むから誰も途中で弁当広げんといてな」
その瞬間、列に並んでいたおじいさんが弁当袋を取り出しそうになり、孫に「おじいちゃん! あとにしよ!」と止められる。神様は胸を撫で下ろした。
「よっしゃ、危機回避! 展示室で焼きサバは勘弁やからな」
夕方。帰宅ラッシュに合わせて人の波が押し寄せる。そんな中、外国人旅行者が「ニッポンノ、カブトムシ、ドコ?」と突然聞いてきた。駅神様は耳を疑い、包丁を取り落としそうになった。
「カブトムシ!? いや、それは駅の守備範囲ちゃう!」
だがその瞬間、近くにいた少年が「カブトムシなら夏に田舎でとれるよ!」と教えてあげる。旅行者は「オォー、サムライビートル!」と感激して笑顔になった。神様は苦笑しつつ、「まぁ楽しそうやしええか」と肩をすくめた。
夜。最後の新幹線が北へ滑り出していく。ホームに残る人影はまばらで、風の音がひときわ大きく響く。神様は法被を正し、駅舎の屋根から夜空を仰いだ。
「今日もパンダと新幹線とアメ横で一日終わりやな。……ほんま、上野はなんでもありのカオスや」
そして包丁を振り上げ、どこかへ向かって叫ぶ。
「明日もみんな、好き勝手に楽しんで帰ってこいやー!」
その声は人には届かない。けれど駅を出ていく人々の足取りは、なぜか軽く弾んでいた。
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