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第34巻 宇都宮市:ウツノミヤノカミの願い

 宇都宮市の中心街から、少し外れた商店街。古びたアーケードを抜けると、そこには焼き立ての餃子の香りが漂う一角があった。時刻は午後二時。昼の混雑も落ち着き、商店街はどこかのんびりとした空気に包まれている。

 そんな空気を切り裂くように、鉄板の前でひときわ元気な声が響いた。

「じゅううううっ、ほら見ろ、この焼き目!カリッカリの黄金色!うちの餃子は宇都宮一、いや、宇宙一だってばよ!」

 叫んでいるのは、ウツノミヤノカミ。神様とは思えぬノリとテンションで、なぜかエプロンをつけて餃子を焼いている。餃子の匂いが神域の香りなのだろうか、彼の周囲にはどこか異様な神々しさが漂っていた。

 餃子の香ばしさが商店街に広がる中、その前を通りがかったのが、迅。近くの高校に通う男子生徒で、口元にいつもイヤミな笑みを浮かべている。

「また出たな、餃子おじさん。神様ごっこはそのへんにして、もうちょっとマシなことしろよ」

「おいおい、餃子は神聖な存在やぞ?人類史上もっとも平和的な包みもんや。お前こそ、ちょっとだけでもええから願いでもしてみい。もしかしたら、人生のスパイスになるかもしれへんで」

「ふーん、じゃあ願ってやるよ。“クラスのアイツがしくじって、俺が目立ちますように”ってな」

 一瞬、商店街に重々しい空気が走ったかと思うと、ウツノミヤノカミが軽快に指を鳴らした。

「ほい、餃子のエッセンス込みで受け取りました!あとはちょっと焼き加減見るだけや!」

 それからというもの、迅のクラスではやたらと餃子にまつわる失敗が頻発した。昼の弁当に餃子を持ってきた生徒が、タレの袋をぶちまけて机が水浸しになる。文化祭の演劇で、謎の「餃子ダンス」が導入され、演出が大混乱。しまいには給食で「焼きすぎた餃子」だけが配られるという謎のトラブルまで発生した。

 当然、迅はそのどさくさに紛れて妙に目立つ存在となっていく。しかし彼の目の奥には、どこか不安の色があった。

 そんな彼を、冷たい視線でにらんでいるのが結葵。彼女はクラスでも評判の優等生で、他人のミスには容赦がない。今回の餃子連発ミスに関しても、内心でイラつきながらその原因を探っていた。

「これは偶然なんかじゃない。誰かが裏で手を引いてる……迅、アンタでしょ?」

「は?俺が何したってのさ」

「アンタが“神様に願った”って話、聞こえてたんだから」

 迅は顔をしかめた。だが、結葵の目に宿る追及の炎は、まるで熱した鉄板のようにギラギラしていた。

 放課後、二人は商店街へ向かう。そして再び、ウツノミヤノカミと対面することになる。

「ちょっと!変なことしてないでしょうね!クラスが餃子で崩壊してるんだけど!」

「いやー、願いはちゃんと叶えたつもりなんやけどな。迅が目立つっていう願いやろ?ちゃーんと餃子エッセンスでやったったで。ほら、ジューシーでスパイシーな感じで」

「餃子で願いを叶えるとか、どう考えてもおかしいでしょ!」

「なんでや!餃子ほど完璧なバランスを持った食いもんはない。肉と野菜の調和。皮の包容力。焼き目の美学。すべてが神レベルや!」

「……話にならない」

 結葵は頭を抱えた。だがそのとき、別の人物が商店街に入ってくる。それが克伸だった。クラスでは近寄りがたいとされていたが、実は餃子評論家を目指しているという、かなりの変人である。

「噂を聞いた。ここの餃子、試させてもらう」

「おっ、ええで!今ちょうど良い焼き加減のがあるとこや!」

 克伸は餃子を一口噛んだあと、目を閉じて言った。

「――魂の味がする」

「それはたぶん、願いのエッセンスや」

「……面白い。俺も願ってみよう。“誰にも負けない餃子のレビューが書けますように”」

「おっしゃ、餃子の神様モードオンや!」

 そして翌日、克伸がSNSにアップしたレビューは、なぜか中国語でバズり、宇都宮から本場・中国の餃子界隈まで話題が拡がった。

 当然、学校ではさらに混乱が起きる。

「なんで餃子でこんなに騒がしくなるのよ……」と呆れる結葵に、穂貴が静かに近づいた。

「でも私は、神様って存在していいと思う。願いって、たとえ形がズレてても、叶えられたって実感があれば前に進めるから」

 その言葉に、結葵は少しだけ目を見開いた。

 それから数日後、商店街には「餃子祭り」が自然発生的に企画されていた。発端は不明。だが、地域の人々が勝手に盛り上がっていた。

 ウツノミヤノカミはその様子を見守りながら、餃子の皮を包み、鉄板の前で呟いた。

「ちょっとだけやけど、働いた甲斐があったわ」

 そして、誰にも見られぬように商店街の奥へと消えていった。神様はまた、気まぐれな願いを待っている――宇都宮の餃子の香りとともに。


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