『筋トレ村とバーベルの呪い』
「まさか——おまえが“伝説の45kgバーベル”を持ち上げてしまうとは…」
そう呟いたのは、村長・バルク長老だった。彼は今年で96歳だが、未だベンチプレス120kgをキープしている怪物である。
ここは筋トレ村。村民の全員が筋肉至上主義で生きている。プロテインは村民票と同等の価値があり、年に一度、重量挙げ大会で“村一番の筋肉バカ”を決めることで秩序が保たれている。
主人公のナヨ夫は、村の中では異端児だった。
「僕、筋肉痛が…好きじゃないんです」
そんな発言をするだけで、村のベンチ(筋トレ用ではない)に縛り付けられ、二日間、鏡の前で強制ポージングさせられるという、拷問とも言える筋肉教育を受けさせられる。
それでもナヨ夫は細身だった。干し椎茸のような肩、プリッツのような脚、そして悲しいほどに薄い胸板。彼の一日のタンパク質摂取量は“納豆一パック”で、村の推奨する「体重×2g」には到達してはいなかった。
しかし事件は起きた。
ある日、村の中心にある筋肉神殿(主にバーベルで構成された簡素な建物)の奥から、“うなり声”が聞こえたのだ。
「うおおおおおおおおん……誰か……持ち上げてくれぇぇ……!」
近づくとそこには、巨大な45kgバーベルが宙に浮かび、ぷるぷる震えていた。誰も触れていないのに、なぜか「重い」と呻いているのだ。
村人たちは震えた。誰もが45kgを「軽めの朝食前」程度に思っていたが、このバーベルは何かが違った。持ち上げようとすると、なぜか自分の“黒歴史”が頭に浮かんでくるのだ。
「小6のときの“前ならえ”で、女子に肘で突かれて泣いた件…」
「大学時代の合コンで、筋肉トークをしすぎて二次会に呼ばれなかった夜…」
誰もがメンタルブレイクして、そっとバーベルから手を離した。
——呪われている。
そう結論づけた村人たちは、筋肉神殿を封鎖し、「誰も近づくな! メンタルが死ぬぞ!」と張り紙を貼った。
ところが数日後、ナヨ夫が——うっかり——封鎖された神殿に迷い込んでしまう。彼は地図が読めない。
「おっ、バーベル……いや、浮いてる? ……すごっ、これ映えそう」
そんなことを言いながら、スマホで自撮りしつつ、何の気なしにバーベルに手を添えたその瞬間。
ピタッ。
うねりが止まり、バーベルがナヨ夫の手にすっと収まったのだ。
神殿は静まり返り、スマホのフラッシュだけが彼の顔を照らした。
翌日、村はパニックだった。
「伝説のバーベルを……!」
「しかもあのナヨ夫が……!」
「干し椎茸肩なのに……!」
バルク長老は震える声で言った。
「バーベルの呪いは……“筋力ではなく、羞恥心ゼロの者”を求めていたのだ……!」
つまり、ナヨ夫は黒歴史が一切効かない。なぜなら、自分を恥ずかしいと思ったことがないからだ。
「前ならえで泣いた? うん、泣いたよ。あの子、肘で思いっきり突くんだもん」
「筋肉トーク? うん、無限に語れるのに、誰も聞いてくれないんだよねー。悲しみのスクリプトさ」
その“心のバリアフリー”が、バーベルを救ったのだった。
こうしてナヨ夫は一躍、村の英雄になった。
彼の名言は今、筋肉神殿の柱に刻まれている。
「筋肉は裏切らない。でも俺は、最初から信用してない」
ナヨ夫は今、筋トレ村初の「筋肉不要区画」を設立し、肩こりを感じた村民たちがそっとプロテインを捨てに来る場所として人気を博している。
筋肉神殿のバーベルは、今も静かに鎮座しているが——その横には、ナヨ夫の等身大パネルが設置されている。
彼は満面の笑みで、こう言っている。
「筋肉より、自由が重い。」
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。