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父、アコーディオンにすべてを賭ける

「おい、これ弾けたら、ちょっとカッコよくないか?」

 それが父の“アコーディオン人生”の始まりだった。

 事の発端は、町内会のバザーだった。
 地域の公民館で、掘り出し物を探していた父が、奥の隅で発見したのだ。

 ――アコーディオン。

 それはホコリをかぶった、赤黒い、重そうな代物。
 隣に「500円」と書かれた手書きの値札がついていた。

「え、500円で!? 安すぎない!?」「っていうか重っ!」

 母が言いかけたとき、父はすでにレジに並んでいた。

 その夜、父はリビングでひとり“蛇腹”を開いた。

「ふおぉ〜〜ん……」

 重低音が部屋に響く。
 母が台所から叫んだ。

「なに今の音!?家、鳴った!?」

「これが、アコーディオンや!!」

 突然の音楽家宣言。

 父はネットでアコーディオンの動画を見始めた。
「これ、プロは両手使うのか……」「思ったよりパワー系楽器やな……」

 完全に、ハマっていた。

 そして次の週、私に向かってこう言った。

「練習の目標、決めたぞ。“津軽海峡・冬景色”や」

 なぜ初手が演歌なのか。

 だが、父は本気だった。
 ・蛇腹の開閉角度メモ
 ・左手コード早見表を手作り
 ・「蛇腹筋トレ」と称してスクワット

 母「ねえ、もうちょっと静かな趣味なかったの?」

「静かな趣味には、情熱が燃えんのよ」

 かっこいいこと言ってるが、音がでかい。

 問題は、音だけじゃなかった。

 ・弾いているときに背中が攣る
 ・蛇腹の開閉で猫が驚いて逃げる
 ・カビ臭さが残っていて部屋が“楽器博物館の匂い”になる

「でもな、古い音も味やねん」

 それ、古酒に言うセリフだから。

 ついに父は、自主練の末に“津軽海峡”を形にした。

 週末、母と私をリビングに座らせ、アコーディオンを構える。

「いきまーす」

 ふおおぉぉ〜〜〜
 ♪つ〜が〜る〜 かいきょ〜〜

 完全に蛇腹の開閉スピードが歌に追いついてない。

 終わったあと、父は一言。

「音程とか、細かいこと言うなよ?」

「……いや、むしろ音程以外は完璧だったよ」

 翌日。父はYouTubeのコメント欄を読み漁っていた。

「アコーディオンって、“玄人の世界”なんやな……」

 私「いまさら?」

 父「いや、わかってたけど、改めて……語彙がすごい。“リードの湿度感”とか言うねんで?」

「何その詩人たち」

 そこから父のこだわりは加速した。

 ・蛇腹にシリコンスプレー
 ・指サックで操作性向上
 ・アコーディオンの置き場所に“湿度計”設置

 母「このままだと“楽器中心生活”になりそうなんだけど」

 父「“楽器が人間の中心に来る”って、それは素敵なことやと思わんか?」

 私「詩人ぶってるけど、昨日間違えて味噌汁にスプレー噴射してたよね?」

 ある日、父は町内のイベントでアコーディオン演奏をすることに。

 地域センターの“ふれあいステージ”。
 出演者は盆踊りの踊り手、カラオケ熱唱おばちゃん、ハーモニカおじいさん、そして――父。

 父「……緊張してきた」

「いやいや、普段あんなに家で爆音でやってたじゃん」

 父「家と人前は違うやろ!」

「がんばれアコーディオンマン!」

 いよいよ出番。

「次は、○○さんによるアコーディオン演奏。“北の宿から”です」

(津軽海峡じゃないんかい)

「演歌ってるなあ……」

 父が登場。
 蛇腹を開く。
 ふおおおぉぉ〜〜

 音、ちょっとだけうまくなっていた。

 終演後、拍手が起きた。

 すかさず近所のおばあちゃんが言う。

「いいねぇ、昔の喫茶店思い出すわ〜」

 父、めっちゃ照れる。

 今、父のアコーディオンは専用ケースに収まり、
 玄関横の“湿度管理スペース”に鎮座している。

 私はたまに聞いてみる。

「最近どう?練習してる?」

 父「いや、ちょっと肩やってな……またリハビリからや」

「リハビリから“北の宿”行く人あんまいないと思う」

 でも、リビングの隅には
「次は“異邦人”に挑戦」というメモが貼られていた。

(End)

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