第51巻 福山市:フクヤマノカミの願い
福山市鞆の浦。潮の香りと古民家カフェが混じり合うこの町に、妙に“空気を読んでくる神様”がいる――と、地元ではささやかれていた。
その名もフクヤマノカミ。
本来なら“人目につかぬように静かに”を美徳とする神様であるが、今日はなぜか妙に目立っていた。
というのも、朝から町内のベンチで正座をし、「ちょっとだけ応援してます」と書かれた団扇を、道ゆく住人に控えめに振っていたのだ。
「……あの、神様? 何してるんです?」
声をかけたのは、美咲――町内会の若手であり、スケジュール帳に「雑巾チェック」と書いているような几帳面な女性だ。
「美咲さん、よい朝ですね。私は今、“誰かが挫けそうになってる気配”を感じたので、そっと背中を押す準備をしております」
「具体的に誰ですか?」
「あなたですね」
「ええ……まあ、合ってるけど。今朝、隣の家のネコに麦茶こぼされたんです」
「それは大変でしたね。ほら、団扇を。どうぞ」
フクヤマノカミは、なぜか複数の“応援団扇”を持っていた。そのうちのひとつ、「がんばりすぎないでえらい!」と書かれた団扇を、美咲の手にそっと差し出した。
「……どこで作ったんですか、これ」
「パワポと家庭用プリンタです。余ったインク、使わないと乾きますから」
「神様って……そんな家庭的なんです?」
「福山市ですから。堅実が命です」
この神様、よく見ると耳元に付箋が貼ってある。“午後3時 ササキさんの杖チェック”と書かれている。もはや神というより地域の見守り係である。
美咲が思わず笑いかけたそのとき、遠くの方からわずかなざわめきが聞こえた。
「おや……何か乱れた気配が……」
フクヤマノカミが立ち上がり、のんびりした速度で歩き出す。美咲も半信半疑ながら付いていくと、見覚えのある場所に出た。
そこは鞆の浦名物・坂本豆腐店。
だがその前には、なぜか“ヨガ教室”の看板が立っていた。
「ん? 豆腐どこいった?」
「なんで畳敷いてるんですか? 屋外に?」
フクヤマノカミは、店主の坂本に話しかけた。
「これは……ご近所の奥さんらが“ちょっと運動したいけど遠く行くのはイヤや”言うから、つい……うち、豆腐しかないけど、畳なら敷けるなと」
「で、豆腐は?」
「全部冷蔵庫です。今は“気で整える時間”です」
「じゃあ、神様が豆腐作り手伝ってるって噂、あれデマやったんですか?」
「いや、ほんまにやってもろてる。昨日はにがりの配分まで……」
そのとき、フクヤマノカミは豆腐の冷蔵庫前に静かに手をかざし、深呼吸をした。
「うむ。ちょうどええ固さですね。これは……“安定した気持ちの証”。豆腐は真心。ヨガは姿勢。そして福山市民はバランスです」
「なに言うてんの?」
「願い事ですよ。坂本さんは“人を癒したい”と願った。私はそれに、“ちょっとだけ”寄り添っただけです」
確かに、ヨガ終わりの奥さんたちはみなふにゃふにゃと笑っていた。
「“柔らかい豆腐で、ちょっと心がやわらぐ”て書いたらええかなあ」
「それ最高ですね。チラシも作りましょうか?」
「神様が? チラシ? ……あれ、これ今、神頼みなんかチラシ業者なんか、どっちや……?」
その後、“やわらかヨガ×ふわ豆腐”は大ヒットし、フクヤマノカミは「神様なのに副業しそうな雰囲気No.1」として、町内SNSで静かに人気を集めることになる。
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