第17章:石川県「加賀百万石の雅と白山に宿る大蛇の魂」
立山を後にしたアオイは、北陸本線で石川県へと入った。
春の陽差しがやわらかく街を包む金沢駅。ガラスと木が調和する鼓門(つづみもん)の前に立ったとき、アオイはふと、背筋を正した。
——加賀百万石。
その響きが、この地をどこか特別なものにしているのだと感じる。
祖父の手帳には、金沢の街の簡略な地図と、こう記されていた。
——「白山に棲む大蛇、その眼は、奢りと謙虚を見分ける」
そして、探すべき「古の欠片」は「九谷焼の破片」。きらびやかな美の中に、人の心を映す鏡のような存在。
*
兼六園を訪れたアオイは、観光客の波の合間を縫うように、園内を静かに歩いた。
梅が咲き始め、苔むす石と池の間に差し込む光が、どこか夢の中のようだった。
ふと、園の一角で小さな展示を開いている女性がいた。古い九谷焼の皿を並べ、その隣でろくろを回している。
彼女の名は、サトコ。
金沢で九谷焼の伝統を学び、現代にその意匠を生かそうとする若き陶芸家だった。
「この器たち、きれいでしょう。でもね、昔の九谷焼って、もっと“圧”があったんです。豪華さの奥に、“力”がこもっていた」
サトコは、手帳を見たアオイの目に気づいて、続けた。
「あなた……旅してるんですね。祖父さんの跡を?」
アオイは頷き、「虹色の欠片」と祖父の手帳を見せた。
サトコは目を細めた。
「白山を目指すなら、ひとつ寄ってもらいたい場所がある。私の祖父が使っていた、山の麓の古い窯元。……そこで、“何か”が眠ってる気がするんです」
*
アオイはサトコの運転する軽トラックに乗り込み、白山麓の山間へ向かった。
途中、見渡す限りの雪解けの風景に、アオイは言葉を失った。
サトコが言う。
「この辺りの人たち、九谷焼の豪華さと正反対の暮らしをしてた。山の恵みをいただき、静かに、慎ましく。……でもね、その器を作るために、何年も火を絶やさず窯を守ってたの」
アオイは、器の中の“豪華さ”と“質素”が織りなす二重の意味を感じ始めていた。
山のふもとの古い窯元に着いたとき——
サトコが指を差す。
「……あれが、“欠片”かもしれない」
窯の隅に埋もれるようにして、小さな破片があった。
白地に藍と赤の絵付け、わずかに煌く金彩——まさしく、かつての九谷焼の一部だった。
アオイが手にした瞬間、「虹色の欠片」が共鳴する。
——ズゥゥン……
地の奥深くから、大蛇のうねるような気配が立ち上った。
アオイの意識は、窯の中の「九谷焼の破片」に触れた瞬間、過去の景色へと引き込まれていった。
見えたのは、加賀藩が隆盛を誇っていた時代。
美しく飾られた九谷焼の大皿が、金襴緞子の間に並べられている。
けれどその光景の裏には、職人たちの沈黙があった。
手を真っ赤にし、窯の前に座り込んで眠るように休む者。
失敗した絵付けを床に叩きつけて泣く者。
豪華絢爛は、民の暮らしとは遠く離れた場所で求められていた。
——「美は力だ。だが、力がすべてを壊すこともある」
その声とともに、白山の稜線に巨大な影が現れる。
大蛇——白山に棲むという“調和の守り手”。
その目は、金の輝きに染まった器を見つめながらも、人々の暮らしの場にも静かに向けられていた。
怒りではない。だが、そこには確かな“戒め”があった。
*
意識を戻したアオイは、杉板の窯の中で、膝に破片を乗せていた。
サトコがそっと声をかける。
「……見えたのね」
「うん。白山の大蛇は、怒ってはいなかった。ただ、“見ていた”。俺たちが何を作り、何を壊そうとしているかを」
サトコは、窓から差し込む夕陽を見つめながら言った。
「私はずっと悩んでたの。“こんな時代に九谷焼なんて”って。でも、あの破片を見てわかったの。“器”って、形じゃない。“祈り”なんだよね」
アオイは頷く。
「祖父の言葉にもあった。“豪華さの奥にある“質素”こそが、この土地の美だ”って」
サトコはふっと笑った。
「それ、彼が最後に私に残した言葉と同じ。……あなた、やっぱり血が繋がってるんだね」
*
アオイは「九谷焼の破片」と「虹色の欠片」を重ね、手帳に記す。
——「石川:加賀百万石の雅と白山に宿る大蛇の魂」
窯から立ちのぼる煙が、夕焼けに染まりながら空へ消えていく。
それはまるで、過去の奢りと現在の祈りとが、ひとつの流れになって天へ還っていくようだった。
*
金沢の夜。アオイはサトコに別れを告げ、北へ向かうバスへ乗り込んだ。
手帳には、次なる目的地が記されていた。
——「福井、恐竜の眠る大地に、生命の記録がある」
「……今度は、太古か」
窓の外を流れる暗闇の中で、「虹色の欠片」が静かに震えていた。
(第17章:石川県「加賀百万石の雅と白山に宿る大蛇の魂」完)
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