『眠らない衛兵クラブ』
「いらっしゃい、ようこそ“ナイトガード・カフェ”へ。立ったまま寝るのが当店の流儀です」
そう言って出迎えたのは、身長190cmの屈強な男。漆黒の制服に赤い羽飾りの帽子、無表情でピクリとも動かない。だが声だけはやけに明るい。
この店は、友人の紹介で知った。曰く「人生に疲れたとき、行くべき癒やしの最終地点」だと。
確かに僕は疲れていた。毎日満員電車に揉まれ、無意味な会議で魂をすり減らし、通勤中にコンビニで落としたおにぎり(明太子)は誰かに踏まれた。
限界だった。
なのに入店したら、なぜか周囲の客が全員、直立不動。何かの訓練中かと思ったら、ウェイターに案内された席も“椅子なし”。
「お立ちください、客人よ。ここは“立ってこそ癒やされる”カフェですので」
「立って癒やされるとか、どんな理屈!?」
「我々、衛兵には、“座らぬ哲学”がございますので」
そう。ここは「元・王宮衛兵限定スタッフ」で運営される、超ニッチな立ち飲みカフェならぬ“直立カフェ”だったのだ。
厨房には、元ロンドン塔勤務のベテラン衛兵が。ホール担当はスウェーデンから来た、片目を伏せて笑うエリック。たまにフランス語でメニューを読み上げるが、客は誰も聞き取れない。
「本日のおすすめは、“微動だにしないブリトー”です」
「それ絶対、硬くて食べにくいやつですよね?」
「はい、熱々ですが、箸でもスプーンでもなく、“無言の気迫”で切り裂いてください」
メニューのすべてが謎に満ちていた。
・「パトロール風ホットココア」
・「無感情チーズケーキ」
・「ステルスサンド(見えないパンを提供)」
そのどれもが、味はまあまあ美味しかった。しかし問題は“空気”だ。
客もスタッフも基本的に一切しゃべらない。話すとしたら「何か御用でしょうか」と目だけで伝えるスタイル。
僕が唯一話しかけられたのは、店の奥の“瞑想ブース”に迷い込んだときだった。
「客人……そちらは“寝ながら立つ部屋”です。修行済みの者以外、逆流性胃炎になります」
その場で軽く正座して謝った。
だが、不思議なことが起き始めた。
通い始めて3日目、なぜか寝起きがよくなり、週末には自然と姿勢もよくなっていた。
「まさか、この“直立生活”が……効いてるのか?」
仕事帰りにふらっと寄っては、ぼーっと立ってココアをすする日々。
周囲の客と一言も交わさないが、みな一様に“たたずまいが美しい”。
「これは……現代人が忘れた“立つことの美学”なのでは」
僕はある日、ついに決意する。
「衛兵カフェ、アルバイト応募します!」
するとマネージャーらしき人物(無言で剣を磨いていた)がゆっくり頷いた。
初日の業務内容は、「午後3時から午後9時まで微動だにしないこと」。
2時間ほど経過したころ、僕は幻覚を見始めた。
柱が踊っている。ココアが飛んでくる。なぜか遠くでロバが叫んでいる(※幻覚です)。
「……これは、きつい!」
途中、左足がプルプル震え、右耳から人生の後悔が漏れ出しそうになった。
だが、閉店間際。常連客が僕の方を見て、初めてこう言った。
「新人、いい立ち姿だったぜ」
その一言が、全ての報酬だった。
やがて僕は、ついに“衛兵バッジ”を授かることになる。
「おめでとうございます。これであなたも、立ち姿だけで苦情処理できるレベルです」
そうして僕は、週2で直立するようになった。
職場でも上司に怒られても、ピクリともせず目だけ動かして対応。
「最近のお前、落ち着きすぎじゃないか?」
「直立の成果です」
世界は変わった。
今日も衛兵カフェには、静かに立ち尽くす者たちがいる。
誰もしゃべらず、誰も笑わず、誰も泣かず――なのに、なぜか癒やされて帰っていく。
そんな“眠らない衛兵クラブ”。
ようこそ、立つ者たちの世界へ。
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