コンガは急に止まれない
「大変です、町内会長がコンガで来ます!」
その日、平和だった第二北中住宅街の公民館に、にわかに緊張が走った。窓ガラスが、かすかに震えていた。太鼓の音が近づいていた。
「ダンダン…ダンダン…ダン!」
「来たぞッ!構えろ!両手で耳を守れ!」
と叫んだのは、防災担当の杉山さん。元陸上自衛隊。毎年の防災訓練で「非常時の姿勢のまま90秒耐える訓練」を提案しては主婦層を絶望させているが、今回はなんと主役ではない。
この日の主役は、町内会長の小山さん(74)。
彼が今日、公民館にやって来る理由はただひとつ——「夏祭りの余興選考会」である。去年は皿回し、その前はハトのマジック。今年もまた、地域の名誉と夏祭りの客入りをかけた、壮絶な選考バトルが始まるはずだった。
しかし今年、小山会長は「コンガ」での乱入という、前代未聞の手段を選んだ。
「ドンタカ!ドンタカ!ドン!ドドドン!」
住宅街の交差点を右折するやいなや、白の作務衣を身にまとった小山さんが、コンガを腰に固定しながら踊り出す。リズム感はない。足はつり気味。だが何よりも恐ろしいのは、彼が完全にテンションで来ていることだった。
「スピーカーの準備はどうした!」
「ええと、Bluetoothがうまく繋がらなくて…」
「有線に切り替えろ!あとカラオケ機材は封印だ!小山さんが歌いだすと、話が三時間伸びる!」
——公民館スタッフの中で、過去最大の危機感が共有されたのは間違いない。
■コンガと過去と老人会
実はこのコンガ、かつて小山さんがラテン音楽にはまりまくった70年代に、通販で入手した本物のキューバ製だ。
「これを叩けば、女が寄ってくる」
当時のキャッチコピーはそれだった。完全にアウトだが、昭和の空気では許されたらしい。
実際は女どころか、犬がうなり声をあげて逃げたという伝説まであるのだが、小山さんだけは「モテた」と言い張っている。
そんな彼が、孫のiPadでたまたま見た「TikT●kでバズってるラテンダンス動画」に衝撃を受け、再びコンガに火がついたのが今年の春。
以来、公園で練習すること60日。カラスに小突かれながらも「リズムとは心」とつぶやき続けた結果、今回の事態を招いてしまった。
■選考会、そして混乱へ
「それでは、次の発表者に参りましょう。エントリーNo.6、盆踊りにヘドバンを混ぜた『ヘドン踊り』の皆さんです!」
司会の松尾婦人会長が紹介したその瞬間——
「ダンダン!ダンダカダンダン!アーーハッ!」
横から飛び出してきたのは、小山さん。背後からコンガをぶん回し、回転しながら登壇。その動き、もはや妖精。
「ちょっと!まだ演目の順番じゃ——」
「順番?リズムに順番など、ないッ!」
即興で叫ぶと、そのままコンガ演奏に突入。途中で息切れし、酸素スプレーを口にするも、会場は妙に盛り上がった。
「すごい…これは……何かがすごい!」
「いや、何がすごいんだこれは!」
評価が混乱する中、小山さんの演奏は15分に及んだ。途中から町内の猫(トラ吉)が合いの手を入れ、さらに奇跡的なシンパシーが生まれたため、拍手喝采。
審査員のひとりである町の保育士・三田さんは、泣きながらこう言った。
「魂にきました…。子どもたちに見せたい……いや見せたくない……でも見せたい!」
この発言が追い風となり、選考の結果——
■結果とその後
「余興、決定〜〜〜!」
司会の松尾さんが、やや呆れた声で叫んだ。
その後、夏祭り当日。
特設ステージにて、小山さんが再び登場。だがその脇には、なぜか三田保育士と園児20名が。全員、手作りの段ボールコンガを腰に装着。
「今夜は!全員でラテンだァァァ!」
コンガの音と共に、子どもたちのカオスな踊りが始まり、観客からは割れんばかりの笑い声と歓声。終演後、広報担当の小林さんが記録係にこう言った。
「コンガ……侮れないですね……。あの音に合わせると、人は変わりますよ」
小林さんもまた、翌年にはキューバ旅行を計画していた。
■エピローグ
その後、「第二北中住宅街コンガ選抜チーム」は、地元テレビ番組に出演。さらに近隣中学校から「体育での採用を検討したい」と連絡が来る事態に。
だが、町内会ではそれに対して慎重な姿勢を取っている。
「下手に普及すると、小山さんが“コンガ神”になる」と、杉山さんは語った。
それだけは避けたい——そんな地域の切実な願いを乗せて、今日もどこかで
「ダンダン!ダンダカダン!」
コンガの音が、風に乗って聞こえてくるのだった。
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