アナグマ入社
会社にアナグマが入社してきた。
正確には「穴熊 雅彦(あなぐま まさひこ)」という新入社員だが、誰がどう見てもただのアナグマだった。毛並みのつや、短い手足、謎に鋭い眼光、そして座るときのあの肘のつき方。すべてが完璧なアナグマだった。
「採用のとき気づかなかったのか?」と人事に詰め寄ると、担当者は言った。
「いや、エントリーシートには『ワイルドな生き物です』としか書かれてませんでした」
この令和の時代に、種族欄が「生き物」とだけ記されたESを通す人事にも問題があるが、問題はもっと深かった。彼は、やたらと有能だったのだ。
アナグマのクセに、いやアナグマだからなのか、とにかく仕事が早い。
「この資料、来週までに仕上げられる?」
「フゴッ」(もうできてます)
彼はそう言って、分厚い資料を机にトンと置いた。もちろん中身は完璧。レイアウト、内容、データ分析……どれも一級品。しかも毛が1本も混入していないという驚異の清潔さ。
だが問題もあった。
まず、打ち合わせ中に突然穴を掘り出す。
「で、営業側の課題としては……あの、穴熊さん?」
「フゴゴ」(集中してるんで)
会議室のカーペットがボロボロになるたび、総務が泣いた。
また、お昼休憩のたびに「ミミズが足りない」と不満を漏らし、社員食堂に「日替わりミミズ定食」の導入を要求した。栄養バランスは悪くないらしいが、見た目の破壊力が強すぎて、社内はしばらく食欲不振に陥った。
極めつけは、社内のWi-Fiルーターの下に、彼専用の“冬眠スポット”を作っていたことである。気づいたときには、機器の配線がミミズ型に配列され、IT部門が混乱の渦に巻き込まれた。
しかし、上層部は言った。
「彼にはそれだけの価値がある」
事実、アナグマ雅彦が提案した「地中マーケティング戦略」は、地域密着型のPRとして話題を呼び、売上は前年比の142%を記録した。どこから掘ってきたのか、近所の温泉の下にある謎の空洞を活用した「アナグマ体験ツアー」も、予約半年待ちである。
ところがある日、事件が起きた。
彼が冬眠から“帰ってこない”のである。
「……4月も終わりですけど、まだ?」
「フゴ……(あと5分だけ)」
5分が経ち、1時間、そして一週間が経過しても、アナグマは帰ってこなかった。焦った上司がWi-Fiルーターの下を覗くと、彼の名刺とともに一枚のメモが置いてあった。
「このままでは本物のアナグマになってしまいそうなので、山に帰ります。さようなら、文明」
そして、彼は消えた。
残された社員たちは、アナグマによる業務改善フローを引き継ぐために奔走したが、彼のスピードには誰も追いつけなかった。
一部では、彼の正体は“アナグマに転生した元コンサル”だという噂もあった。
また、別の説では「アナグマ界で働き方改革を広めるため、人間社会を偵察に来ていたのではないか」という分析もある。
どちらにせよ、彼の置き土産として「アナグマフロー(超効率的業務整理法)」が社内用語として定着し、日報のフォーマットも“穴の深さと掘削角度”を入力する形式になった。
現在、社内ではアナグマに続く「野生系社員」の採用が検討されている。次の有力候補は「キツネ型ロジスティクス戦略家」だそうだ。
文明と自然は、今日も社内で微妙な均衡を保っている。
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