【bon20:茨城県_磯節と“筋トレ盆踊り発生事件”】
「どーこを~向いてもぉ~、磯のぉ~香りぃ~♪」
しっとりした女声に合わせて、波のように揺れる踊りの輪。
その中で、突如として逆方向に全力で腕立て伏せを始めた者がいた。
「……いや、踊れよ」
拓朗がぼそっと言う。
「踊ってるよ! これは“海を掘る”動き!」
地面に額を打ちつけながら、雄大が叫んだ。
「海は掘るもんじゃない!!」
小百合が咄嗟に否定する。
ここは茨城県・大洗町。
「磯節」といえば、船出と恋慕と潮騒を詠んだ、海の男のうた。
港近くの祭り会場は、浴衣の人々と観光客でにぎわっている。
だがその輪の中で、今まさにひとりだけ“筋トレフェイズ”に突入している。
一方、現地の青年――乃祐が、静かにそれを見ていた。
「……集中してるな、あの人。何かに……一点だけに」
彼は“集中しすぎて周りが見えなくなるタイプ”で、現在その症状が他人に発動中。
「うん、あれは……踊ってる。本人の中では絶対踊ってる……」
乃祐、なぜか納得。
その横で、華利奈が柔らかくフォロー。
「まあ、体を動かすのは間違いではないから……でも、踊りとは言いづらいよね」
「だよね!?」
はづきがすかさず頷いた。
腕立て伏せ、ジャンプ、スクワット。
誰も彼を止められない。なぜなら、雄大は完全に「漁師の筋トレルーティン」だと信じているからだ。
「やっぱ磯節ってさ、海の男の魂じゃん? だったら筋肉もセットで語られるべきじゃん?」
「その解釈、どっから来たんだよ!?」
美琴が本気で頭を抱える。
一方、講師として来ていた謙三という男が静かに立ち上がった。
無口で、物事に対して一歩引いて見る哲学者肌の中年だ。
「……この歌は、潮風に乗せて“想い”を運ぶ歌。踊りもそうだ。“誰かに届く”ことを願って動く」
「え、めっちゃいいこと言った! えっ、今“運ぶ”って言った!?」
急にテンションの上がったジャニヤが踊りに混ざる。
「私はリズムを……伝達する!!」
「いや、それ“配送”とか“配信”のノリだろ!?」
ツッコミの横で、乃祐がぽつり。
「この踊り、一定の振りが続くから、逆に“入りやすい”……けど油断すると、“魂が置いていかれる”」
彼は集中力をさらに高め、もはや盆踊りというより瞑想状態に入っていた。
「やばい……目が死んでるのに、内側はめっちゃ動いてる顔だ……」
小百合がぞっとする。
その頃、雄大はというと――
なんと波打ち際でプランク中。
「おい、どこまでいってんの!?」
「いや、今俺、海そのものと一体化してるから!!」
「踊れって言ってんだろォォォ!」
その瞬間、謙三が踊りの輪に入り、静かに言った。
「“踊るな”とは言っていない。“踊り直せ”と言っている」
「言葉のキレが名人級だな!?」
ラスト、全員で踊りのラインに戻り、潮の風を受けながら、
最後の振りを終えたところで――
雄大の背後から波がザブンと来て、転倒フィニッシュ。
拍手と笑いが巻き起こる中、謙三がぽつり。
「潮風は“心”を見てる」
「誰もあんたに勝てんわ!」
(bon20:End)
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