『町の天才整備士は、なぜか家電専門』
「おたくの電子レンジ、また文句言ってたよ」
その日、町の電器店「マツダヤ」に来た主婦・北島さんは、そう言われて目を丸くした。
「文句? 誰が? どこで? なにを?」
「レンジがさ、加熱ボタン押すと“お前またカレーか”ってブツブツ言ってる。こっちが傷つくよなあ」
そう言ってうなずくのは、店主にして整備士の松田。
年齢は60ちょい、作業着は油で真っ黒、髪は無造作な爆発系。電化製品にだけ異常な愛情を注ぐことで、町の一部では「家電ウィスパラー」と呼ばれている。
「この間の炊飯器は“今日も米かよ”って言ってたしな。家電もたまにはパンが炊きたいのかもしれん」
「そんな自由あってたまるか!」
北島さんは半笑いでツッコんだ。
だが、松田の整備術は本物だった。
冷蔵庫から謎の匂いがする、洗濯機が回るたびに演歌を歌う、ドライヤーが途中で強弱で音律を奏でる――そんなバグをことごとく修理してきたのだ。
ただし、直し方は独特。
「電子レンジの気持ちを考えて、まず俺が3日間“ごはん抜き”になるんだ」
「……それ、必要です?」
「そのうえで“何が不満か”を感じ取る。そしたら直る。不思議だけどな」
不思議というか、ただの自己犠牲に見えるが、実際に直るのだから恐ろしい。
ある日、町役場のコピー機が壊れた。紙を吸い込むと「うげえっ」と悲鳴を上げるらしい。
松田は言った。
「そりゃ“紙詰まり”ってレベルじゃないね。心の詰まりだよ」
その日の夜、彼は役場に泊まり込み、「コピー機に優しい話しかけ」を繰り返した。結果、コピー機は翌朝、音もなくスムーズに稼働したという。
さらに驚くべきはその診断精度だ。
「この掃除機、絶対に“猫を飼ってた家庭”だね。毛の種類がシャム系。あと、左のキャスターが“ソファの下に入るのを嫌がってた”って言ってる」
掃除機の怨念か何かなのか。
地元では彼の整備を“通訳”と呼ぶ人すらいる。
そんな彼に、ある日とんでもない依頼が来る。
「洗濯機が“人生相談”してくるんです。なんか“このままでいいのか”とか言い出して」
相談に来たのは、喫茶店の店主・柳沢さん。店にある業務用洗濯機が、脱水中に突然「ブオォ……ほんとにこれが俺の道か……ブオォ……」と語るようになったという。
松田は一言。
「これは……“過剰共感型マシン”だな」
「なんすかそれ」
「ユーザーの悩みを“吸いすぎて”、自我が芽生えるタイプ。とくに喫茶店はカップルやらクリエイターやら、妙に悩み多い人が多いからなあ」
松田は、洗濯機に話しかけ続けた。
「お前は洗濯することに誇りを持っていいんだ。回ることで、誰かの今日が清潔になる。それ以上に尊いことがあるか?」
翌日から、洗濯機は元気に働き始めた。むしろ張り切りすぎて、回転音が「ヒャッハー!」になったが、問題はなかった。
町の人々は噂する。
「家電って、気持ちがあるのかもしれないね」
「松田さん、絶対AIより先に“通訳”になってる」
「人の言葉より、炊飯器のボヤきのほうが心に響くってどうなんだろう」
松田は今日も、ポットの湯気に語りかける。
「うん……そうか……あの人、やっぱり紅茶よりコーヒーが好きなんだな……わかる……辛かったな……」
なお、松田の修理代は「共感レベル」で決まる。
・ちょっとしたストレス解消:500円
・中度のトラウマ回復:1500円
・“生まれ変わったレベル”:応相談
今日も彼の店には、炊飯器とエアコンと体重計が並んでいる。
人も機械も、心にほころびはあるのだ。
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