第18話「アルキメデス、走れメロスに感涙」
その日——
2年B組の国語の授業は、文豪・太宰治の『走れメロス』を読む日だった。
教師が配ったプリントを見た瞬間、アルキメデスの眉がピクリと動く。
「“友情”と“信頼”の物語……?」
—
最初は黙読だったが、途中から音読の時間になった。
「『メロスは激怒した』……“正義感”による運動の発端か……」
ブツブツと何やら自分なりの注釈を入れながら読み進めるアルキメデス。
だが、ある段落で、突然手を震わせ始める。
—
「……走ったのか……走ったのだな、メロス……!」
「えっ、泣いてる!?」
—
隣の吉澤が慌ててハンカチを差し出すが、アルキメデスはそれを手で押し戻し、
「いや、これは尊き水分だ……流させてくれ……!」
—
メロスが約束を守る場面、
王がそれを信じていなかった場面、
親友が信じて待ち続けていた場面——
そのすべてに、彼は号泣した。
—
「わしは……こういう“人間”という存在を……信じても良いのだな……」
授業終了後。
机に突っ伏したままのアルキメデスに、松井が声をかけた。
「大丈夫? すごい泣いてたけど……」
「……わしは……信じることの意味を知らなかった……」
「えっ、そんなレベル!?」
—
廊下に出ても、アルキメデスの足取りは重い。
「“信頼”という概念……古代ギリシャでも語られてはいたが、
ここまで真摯に“待つ”という行動に結晶化させた例……」
—
その晩、彼は突然「わしは走る!」と宣言し、校庭を全力疾走した。
—
「なにしてんの!?」
「わしは、メロスのように走らねばならぬ!
誰かを信じる者として、信じられる者になるために!」
—
翌朝、全身筋肉痛で保健室に搬送された。
—
保健の先生「無理したらダメでしょ……何があったの?」
「“信頼”です」
「……なんだろう、めっちゃ真面目な答えだけど内容が意味不明……」
—
その日の午後、アルキメデスは“信頼”について独自の講義を始めた。
「信頼とは、期待と不確定性の交差点に生まれる“精神的張力”だ」
「もう少し簡単に言ってくれ……」
—
講義終了後、ノートにはこう記されていた。
《走るということ》
・肉体は物理法則に従うが、信頼はその枠を越える
・速さより、走る理由の方が重要だ
・わしもまた、誰かのために走れる存在になりたい
・だが、足が筋肉痛で動かぬ
(第18話 完)
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