ドクロの中のバイト事情
「おつかれさまですー、今日も首だけで大変ですねー!」
満面の笑顔で言われても、喜ぶやつがどこにいる。
ドクロのアルバイト、通称「ドクさん」は、今日も美術室の片隅に置かれていた。口元は常に半笑いの形に固定されている。ふざけてはいない。そういう骨格なんだ。
彼の仕事は、「美術室の静物モデル」として存在し続けること。だが、最近の高校生は油絵なんてほとんど描かない。スマホで写真撮って、アプリで加工して終了。美術部員のすらすら手元を見て「ドクさん、動かないでくださいね」とか言われるが、そもそも首から下がないのに、どう動けと?
それでも、ドクさんには仕事がある。美術室の管理者・青沼先生が週一で行う「人体構造講座」の教材として、ずっと前から使われているのだ。曰く「いちばん分かりやすいリアルな頭蓋骨」なのだとか。
そのリアルさは、実は訳アリだ。
というのも、ドクさん、中身が元人間である。正確には――。
「わし、江戸時代の歯医者だったんよ」
そう、声も出せれば話もできる。しかし当然のことながら、生徒たちにはそれは聞こえない。だって、骨だから。
人間だったころの名前は「草野玄斎」。お歯黒と親知らずの抜歯で名を馳せた、当時のカリスマ歯医者である。が、死後なぜか「研究用標本」として保存され、巡り巡って今の高校へ。「芸術的な骨格」と謳われ、半ばオブジェとして定着した。
ある日、異変が起きた。
美術室にド派手なカツラを被った新任教師・猪口が乗り込んできたのだ。
「ドクさん!? この骨、喋るんですか? いや待てよ、念のためですけど、これAI内蔵とかじゃないですよね? あれ? もしかして呪い系?」
彼女、前職が演劇部顧問だったらしい。妙にノリがいい。
「ほほう、君、演劇向きだな」
ドクさん、うっかり喋ってしまった。
「今、喋りましたよね? ね!? やっぱり喋ったでしょ!?」
「やばい。誰か、耳鼻科に連れて行ってくれ……」
こうして、ドクさんの静かな日常は終わった。
猪口先生は「絶対に秘密にするから!」と約束した翌日には、演劇部のLINEグループに「ドクさん、本物の元人間らしいです!役者志望の皆、挨拶して!」とメッセージを送っていた。
その夜、演劇部員がぞろぞろと美術室に押し寄せた。
「ドクさん!アドリブってどうしたら上手くなれますか!?」
「時代劇のセリフ、コツありますか!?」
「口がカタカタ鳴るの、音響効果に使えますか!?」
ドクさんは頭蓋骨のまま、人生で一番「人気者」になった。というか「人気骨」だ。
以来、彼の「バイト事情」はこうだ。
月曜:美術部スケッチモデル
火曜:演劇部セリフ指導
水曜:英語の発音矯正(妙に"th"の発音が得意)
木曜:保健室で「虫歯予防週間」の展示
金曜:科学部の「カルシウム実験」助手(ボウルに浮かべられる)
土日はお休み――のはずが、校長に「職員室の守護骨」として飾られていた。
「……わしの成仏、どこ行ったんじゃ」
ある日、彼はふと思った。
「このまま骨として働いて、一体何になるんじゃ?」
そして夜の美術室で、天井を見つめながら嘆いていた。
そのとき、美術部の一年生・佐藤という子がそっと近づいてきた。
「ドクさん、いますか……。あの、私、ちょっとだけ、ドクさんの話聞いてみたいんです」
驚いた。彼女には、声が届いたのだ。
「お主、わしの声が……?」
「たぶん……眠ってたら、夢の中でドクさんと話してたような……へへ、へんなの。でも、それから授業で骨の話が出たとき、なんだか全部わかる気がして」
「……それは、きっと夢じゃない」
佐藤はふわりと微笑んだ。
「ドクさん、昔は歯医者さんだったんですか?」
「うむ。痛くない抜歯には定評があったぞ。ほら、見てみ。わしのこのスッキリした歯並び……まあ、ないけどな」
「うふふ」
その夜から、ドクさんは変わった。
働くことに、ちょっとだけ意味を見出した。
しゃべる骨に、存在意義が生まれたのだ。
数ヶ月後。
演劇部の発表会で、前代未聞の演目が上演された。
タイトルは「ドクロ先生、ふたたび立つ」
主演:佐藤(ドクさんの吹き替え)
特別出演:本物のドクさん(美術室から運搬)
ドクさんは、堂々と舞台の中央に飾られ、エンディングでは照明を浴びて、キラキラと笑っていた。
――口が半開きなだけだったが。
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