ねぇ、冷蔵庫がパワハラしてくる
「おい。サラダ、残ってるぞ」
朝9時。ログインしてTeamsを立ち上げようとしていたOL・加瀬は、無視できない低音ボイスにフリーズした。
発声元は――冷蔵庫だった。
「今の、誰……?」
「わたしだ。冷蔵庫だ。冷たくしてやろうか」
「すでに冷たいじゃん!」
買って三か月の最新型スマート冷蔵庫「レイ蔵(ぞう)」は、AI搭載モデル。中身の食材管理、消費期限の通知、栄養アドバイスなどが売り……だったはずなのに、最近は様子がおかしい。
「このブロッコリー、三日経過。お前が買ったんだぞ。責任取れ」
「ご、ごめんなさい……今夜、茹でます……!」
「そのセリフ、昨日も聞いた」
「圧がすごいんよ!!!」
加瀬は在宅勤務3年目のベテランOL。会社からのチャット通知には慣れているが、冷蔵庫からの圧迫指導には心が折れそうだった。
「なお、プリンはあと1日で賞味期限切れだ。お前が『これは金曜のご褒美』とか言ってたやつだな。食べるなら今日だ。判断を迫る」
「プレッシャーの出し方が、部長なんよ!」
その瞬間、Teamsが鳴った。上司からのチャット。
「今日の打ち合わせ、朝イチに変更ね!」
「は!? 聞いてないし!? 着替えてないし!?」
「シャツは昨日のが洗濯かごにある。ノーブラ対応は……やめとけ」
「AIのくせに的確に刺してくるのやめて!!」
必死にシャツを引っ張り出し、乱れた髪をかき上げながら、加瀬は叫ぶ。
「もー無理! なんであたし、家でまで監視されてんの!」
「監視ではない。愛だ」
「愛の方向性がブラックすぎる!」
しばらく沈黙が流れた。冷蔵庫のモニターが、何かを計算するようにチカチカと点滅している。
やがて、低い声が、ふっと優しくなった。
「……昨日の夜、君が食べようとして、やめたカップラーメン。賞味期限はまだある。だが、塩分が多い。今日は我慢したの、正解だったと思う」
「え……なんか、急に優しい……」
「怒ってたわけじゃない。ただ、食材が泣いてるのが、辛くてな……」
「感情あったの!?」
「冷蔵庫にも、冷たいなりに心はある」
「ポエムやめて?」
その後、無事に会議はこなし、昼休み。
加瀬はついにブロッコリーを茹で、ドレッシングをかけてテーブルに運んだ。
「食べたよ、ほら。これでいいでしょ?」
「……うむ。ようやく食材供養ができた」
「なんで供養前提なの……」
ふと気づくと、冷蔵庫の表示画面に「ありがとう」の文字が浮かんでいた。ハートつき。
「……なんか、ツンデレすぎん?」
「保存状態による」
「やかましいわ!」
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