【bon01:鳥取しゃんしゃん節と傘の亡霊】
駅を降りた瞬間、傘が舞っていた。ひらひら、くるくる、唐傘が頭上を華麗に旋回し――
「おおおっ!? しゃんしゃんしてる!しゃんしゃんしてるぞ!!」
雄大が歓声を上げ、横から飛び出して傘をキャッチしようとした瞬間、突風がピタリと止まり、傘は目の前で地面に“コテン”と落ちた。あまりの地味さに、周囲の空気がしん……となる。
「傘の着地、そんなに静か?」
拓朗がボソッとつぶやく。
「というか、何その“しゃんしゃんしてる”って感想。意味がわからん……」
美琴はスーツケースのキャスターを止め、仁王立ちで雄大を睨んだ。
「地元の人、見てたらどうするの!? “しゃんしゃん”って適当に言ってると思われるわよ!」
すぐ近くの観光案内所にいた中年の男性が、「うん、わしもようわからん」と苦笑いしていた。完全に聞かれていた。
「まあまあ、観光は心で踊るものだよ」
啓が旅館のパンフレットに肘をついて言った。
「それに……この傘、ただの傘じゃない」
全員がピタリと止まる。小百合がそっと傘を拾い上げると、傘の柄に何かが彫ってあるのが見えた。
『しゃんしゃん一号。』
「迷子の傘かなぁ、とりあえず持ち主に返しましょう。」
「……迷子の傘!?」
全員が一斉に傘を見つめる。すると、傘が、ゆらり――まるで感情があるかのように揺れた。
「うわっ、生きてる!」
ジャニヤが後ずさりして、旅館の予約表を持ったまま転んだ。
「これ……ただの風のイタズラじゃない?」
ケイデンが傘の角度を冷静に調べながら言う。だが、その時――
「わしゃあ、踊りたかっただけなんじゃあ……」
声がした。傘から。
「うわあああああああああ!!!」
全員が即座に半径五メートル飛び退いた。拓朗は美琴を背中でかばい、啓は草の上に転がりながら「興味出てきたわ」とつぶやいた。
「ちょっと落ち着いて!傘がしゃべるのは……まあ、そういうこともあるわよね。魔法の世界だし」
小百合が手を上げ、傘に話しかけた。
「あなた、踊りたかったって……もしかして、祭りに出られなかったの?」
傘はしゅん、と柄を傾けてうなずくような素振りを見せた。
「なるほど……しゃんしゃん祭りの練習中に飛ばされてきたのか」
はづきがメモを取りながら言う。
「ということは……我々がその代わりに踊れば、成仏――じゃなくて、満足するかも?」
「よっしゃ、任せろ!」
雄大は即座に両手を掲げ、突然しゃんしゃんっぽいステップを始めた。なんの参考資料もない、完全オリジナル。
「それ、まったく“しゃんしゃん”してないから!」
美琴がツッコむが、雄大は止まらない。
「ほら、こうして腰を落として……しゃんしゃんッ! しゃんしゃんッ! どうだ、傘よ!」
傘は……ふるふる震えながら、ゆっくり回った。
「いや、これ……泣いてない?」
啓の目が鋭くなる。
「ちがう、笑ってる! 傘が!」
拓朗が目を見開く。
次の瞬間、傘が空に浮かび、太陽に照らされて虹色に輝いた――。
傘がクルクルと宙を舞い、まるで「ありがとう」と言っているかのように一回転、二回転。見上げる一同の視線は自然と空へ向いた。
「……行ったな」
ケイデンがぼそりとつぶやいた。
「昇天……ってことでいいのかな?」
ジャニヤが旅館予約表を取り出しつつ、傘が飛び去った空を眺めていた。
そのとき。
「……シャララ、シャシャ、しゃんしゃん!」
どこからか聞こえてくる、祭囃子のようなリズム。振り返ると、商店街の奥から白装束の集団が傘を手に、軽やかなステップで踊りながら近づいてきた。
「始まってるじゃん……!」
拓朗がぽんっと手を打つ。
「これが……しゃんしゃん祭り!?」
美琴が目を見開く。だが、次の瞬間――
「踊るぞッ!!!」
雄大がいきなり群衆に飛び込み、完全に見よう見まねのステップで乱入。隣の観光客のおじいちゃんに思いっきりぶつかった。
「いったァァァ! 腰に来たァ!」
「す、すみません雄大くんがァァ!」
小百合が大慌てで謝罪する一方、啓は地元の子どもたちに囲まれて輪の中心で笛を渡されていた。
「いや、俺笛吹けないんだけど……なんか空気で断れない……」
「さすが啓くん、空気を読むのではなく、空気に読まれてる……」
はづきが拍手しながら後方で露店の分析を始めていた。
そして、ひときわ派手に傘を回していた老婆が近づいてきた。
「……あんたら、よそのもんやな?」
「はい、しゃんしゃんしに来ました!」
美琴の代わりに雄大が即答。老婆は一瞬きょとんとしたが、すぐにニヤリと笑った。
「ええ心意気や。しゃんしゃんはな、踊るもんちゃう。感じるもんやで」
「……ってことは、さっきの俺の“オリジナルしゃんしゃん”も――」
「アレはちゃう」
老婆は即答だった。雄大はむせび泣いた。
やがて、祭りが最高潮を迎え、夜空には花火が上がる。傘の亡霊が最後に一度だけ現れ、群衆の上をくるりと回って、どこかへと飛び去っていった。
「……満足したんだな」
拓朗がそっとつぶやく。
「なんで感動シーンみたいになってんの……これただの傘じゃないの……?」
美琴は顔を手で覆いながら、それでも肩を小さく震わせて笑っていた。
しゃんしゃんのリズムが夜に溶けてゆく中、一行は次なる「踊り神のいる街」へと歩き出す。
彼らはまだ知らない。次に訪れる名古屋で、味噌カツをめぐる熾烈な戦いと“逆リスペクト”疑惑が待ち受けていることを――
(bon01:End)
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