朝刊トラップ!〜新聞配達員・タツオの悲劇〜
日曜の朝、町内は平和そのものだった。カラスがパンの耳を巡って小競り合いを繰り広げ、ラジオ体操の曲がどこからともなく漏れている。
そんなのどかな風景に、一人、異様な緊張感を漂わせながら自転車をこぐ男がいた。
「くっ……今日こそ、投函ミスゼロで終えるぞ……!」
新聞配達歴22年、ベテランのタツオである。
かつては“投函の鬼”と恐れられた男だが、近年、老眼と近所の猫による襲撃で成績がふるわず、現在では“誤配の黄昏タツオ”と呼ばれていた。
その日、彼は誓っていた。
もう誤配しない。もう玄関チャイムで謝罪しない。もう、おばあちゃんに「これはうちのじゃないよ、週刊少年ジャンプは孫の家だよ」と優しく訂正されないと。
ポストが見えた。赤い屋根の家、ハムカツの匂い、そう、ここは佐藤家。新聞は日経新聞一択。
「慎重に……スッと……いけっ!」
タツオは華麗に投函。カサッと音がしてポストの中に吸い込まれた。
「よしっ! 次っ!」
ここで終わっていれば、ただの感動ストーリーで済んだのだが――。
運命の分かれ道はその次の家、「田中邸」にあった。
「田中さんは……スポーツ紙。そう、日刊ファイト! お孫さんがプロレス好きなんだっけな」
しかし、彼の指先には違う新聞が挟まっていた。
見出しにはデカデカと「日経平均爆上げ!」とある。タツオ、顔面蒼白。
「やばい! 日経を2連続で入れちゃうところだった!」
慌てて引き抜こうとしたその時――。
「何やってんだ、タツオォォォッ!」
背後から聞こえる怒声。振り向けば、新聞社の鬼上司・室井が自転車で追ってきていた。
「お、おはようございます! いや、これはですね、指の筋トレを兼ねて――」
「うるさい! ミスを減らすって言ったよな!? この前なんて“マタニティライフ”って雑誌を独身の青年宅に入れてただろ!」
「あれは……なんというか、彼の将来を祝福する気持ちで……」
「予言か!? 勝手に未来を祝うな!」
このままでは職を失う。焦ったタツオ、次の家に新聞を放り投げる。
しかし――
「グエッ!」
玄関から突然飛び出したチワワに直撃。新聞が空中でバラけ、見出しだけが玄関マットに残った。
「“日経平均爆上げ”!? 縁起がいいじゃねえか! これは買いだな!」
チワワの飼い主は、なぜか株に手を出す決意を固めた。
一方、新聞を食べたチワワは、胃の中で知識を吸収したのか、翌日からチャートアプリを操作するようになったらしい(※飼い主談)。
***
その日、タツオは夕方の本社呼び出しで、またも説教されていた。
「……で、新聞を犬に投げたと?」
「犬が飛び出してきたんです! アクロバティックに! 僕の投函は完璧だったんですよ!」
「じゃあこれは何だ、この苦情。“チワワが株を始めて家庭内で主導権を握られた”って!」
「そ、そんな影響力があるとは……新聞、恐るべし」
タツオの眉間にしわが寄る。隣にいた後輩の新米配達員・モエカが、恐る恐る手を挙げた。
「先輩……あの、これ、投函チェックリストの最新版です。新聞の銘柄と住所と……あと、ペットの種類も一応……」
「ペット情報!? そこまで管理するのか!?」
「はい。最近、猫とチワワとオウムの家は、すべて対策が必要だと……特にオウムの“返事”には要注意です。“入れといて〜”って言われて真に受けたら、新聞が全部食いちぎられてました」
「オウムに言われたって、なんだよそれ!」
タツオは天を仰いだ。新聞配達という仕事が、ここまでサバイバルだとは知らなかった。
***
その夜、町内会の掲示板には、新たなお知らせが貼られた。
【新聞配達員に優しい町づくりを!】
・ポストの位置は明確に!
・動物の飛び出し注意!
・誤配されたら優しく言いましょう!
・新聞を食べるのは、チワワに限らずご遠慮ください!
こうして、タツオの奮闘は、町を少しだけ変えたのであった――。
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。