長男、初めての“実家ひとり留守番”で崩壊する
「じゃあ、三日間、家のことよろしくね」
母がそう言って、父とともに温泉旅行に出発したのは、金曜の朝だった。
突然の“実家一人暮らし体験”、それも一軒家。
普段は独り暮らしのアパートで洗濯とレンジしか使っていない私にとって、フルスペックの実家は巨大なダンジョンである。
「水道、ちゃんと閉めてよ」
「宅配は受け取ってね」
「冷蔵庫の右下、使っていいけど賞味期限見てね」
母が小声で言った。
「あと……冷凍庫の奥に“謎の袋”があるけど、それは開けないで」
なんか怖い前置きついてるぞ!?
1日目:金曜の夜。
実家ライフ、めちゃくちゃ快適である。
風呂が広い。お湯が一瞬で出る。
テレビがでかい。Netflixが母アカウントでログイン済み。
何より冷蔵庫が四段あって、中に「母が残してくれたおかずセット」がぎっしり。
「このまま一人暮らし、やめて帰ってこようかな……」
そう思ったのも束の間だった。
2日目:土曜。事件は起きた。
朝。目が覚めて、台所へ行くと、床がベタベタしている。
「え、なに!?水!?油!?」
慌てて確認すると、冷蔵庫の下から氷のようなものが転がってきた。
……違う。これ、凍ったおでんの袋だ。
どうやら昨夜、冷凍庫のドアをちゃんと閉めていなかったらしい。
中身が半解凍→再凍結→ぐちゃぐちゃになっていた。
「うわああああああ!!!!」
思わず叫んだ。
冷凍ほうれん草が氷の結晶に覆われて“森”みたいになっている。
すぐさま拭き掃除を開始。
床を拭き、冷凍庫の中を片っ端から取り出し、腐ってないものを上段へ避難。
と、そのとき、“謎の袋”を見つけた。
銀色のジップ袋に、「絶対開けるな」とだけ書かれている。
その忠告が、逆に恐怖心をあおる。
「これ……爆弾とか入ってないよね?」
開けた瞬間、全人類の記憶を消すタイプのやつかもしれない。
10分悩んだ末、結局そっと戻した。
午後。洗濯。
洗濯機は最新型だった。音声まで出る。
「標準コースで洗濯を開始します」
喋るのかよ!
もはやAI。
私はテンションが上がって、「おねがいします!」と返事してしまった。
夜。炊飯器を使おうとしたが、
釜を開けると内蓋がなかった。
「え?え?内蓋ってどこ?」
探すこと30分。シンク下の鍋の間に発見。
取り付けてセットしようとしたが、謎のエラー音。
「ピピッ E-7」
「E-7て何!?エラーか!?それとも“Eランク炊き”か!?」
取説を引っ張り出し、炊飯器と格闘すること20分。
最終的に電源を抜いて再起動したら治った。
昭和家電かお前は。
3日目:日曜。
残された食材は、納豆・豆腐・卵・そして“謎の袋”。
もう疲れ果てていた私は、冷蔵庫の前で座り込んだ。
「これ、無人島に取り残されたやつと同じじゃん……」
このタイミングで、家の電話が鳴る。
「はい、○○です」
母からだった。
「あんた、冷蔵庫の“謎の袋”、開けてないわよね?」
「……うん、開けてない」
「絶対に開けないで。あれ、冷凍庫用の乾燥剤を自作で入れてるだけだから、食べ物じゃないからね。」
なんか……安心したような……ものすごく残念なような……。
夜。
母から「明日帰るからご飯炊いといて」とLINE。
よし、ここがリベンジだ。
炊飯器をセットし、慎重に内蓋を確認。
エラーなし。OK!
数時間後。
母「ただいま〜!」
「おかえり!完璧にご飯炊いてあるよ!」
が、開けた瞬間、母が悲鳴。
「これ……お粥じゃない……!?」
「うそっ!!?」
玄米を“おかゆモード”で炊いていた。
3日間の成果が、もっちもちに溶けて消えた。
母は笑いながらこう言った。
「ま、冷凍庫もリセットされたし、よしとしようか」
なんか、褒められてるようで褒められてない。
でも、少しだけ、実家の“暮らしの難しさ”がわかった気がする。
(End)
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