第15話「天才、マンガを知る」
図書館での衝撃から数日後。
アルキメデスはすっかり「本の虜」になっていた。
授業の合間、休み時間、放課後の理科準備室、
ありとあらゆる時間を使って、彼は読んでいた。
—
しかしある日——
彼の手には、いつもとは明らかに毛色の違う一冊があった。
それは、誰かが机の上に置き忘れていったマンガ本だった。
—
タイトルは『ドラえもん』。
青い猫型ロボットと丸メガネの少年が表紙に描かれている。
「……む?」
アルキメデスは数ページめくり、静止した。
そして次の瞬間——
「な、ななな……なんと……!?
物を小さくする道具!? 時空を越える通話機!?
この“猫”は何者だ……!!」
—
大声を出したため、教室中が一斉に振り返る。
「うわ、また何か発見したな……」
—
彼は席を立ち、マンガ本を両手で持ったまま、廊下に飛び出した。
「理科室だ! 松井に報告せねば! この未来哲学を!」
理科室のドアを勢いよく開け放ち、アルキメデスが叫んだ。
「松井! 吉澤! 緊急だ!!」
「うわ、どうしたの!? 火事!? 湯船!?」
「違う! これは……未来の哲学書だ!!」
—
彼が掲げたのは、あの『ドラえもん』。
表紙を見た松井は一瞬ぽかんとし、それから吹き出した。
「え、それ? まさかドラえもん読んでハマったの?!」
—
だが、アルキメデスは真剣そのもの。
「この“ドラえもん”と呼ばれる書物……実に深い!」
「深い!?」
—
アルキメデスは指を折りながら力説を始めた。
「まず、“スモールライト”!
物体を縮小する技術は、空間利用の革命である。わしの時代であれば、神の仕業とされた!」
「まあ、確かに……」
「それから“どこでもドア”! 移動の概念を崩壊させる神器!
これは相対性理論や量子トンネル理論に通じる……!」
「そんなとこまで行く!?」
—
極めつけは——
「そして“もしもボックス”。
あれは、世界の仮定を自由に設定し、世界線を分岐させる装置。
つまりこれは、“仮説の無限展開装置”だ!!」
「うわ、言い方めっちゃ科学っぽいけど……それ、ただの妄想電話だから!!」
—
理科室の空気はもはや授業中のそれではなく、
まるで哲学カフェのようだった。
—
「これは決して子どもの娯楽ではない!
知識と空想、そして願望の統合体系……!
“未来曼荼羅”と言っても過言ではない!」
—
吉澤が苦笑しながら聞いた。
「じゃあ、もし“どこでもドア”が本当にあったら、アルキメデスさんはどこに行きたい?」
「……そなたらと共に、わしの故郷“シラクサ”を見に行こう。
どこでもドアがあれば、それも可能なのだろう?」
—
その言葉に、松井も吉澤も一瞬だけ目を細めた。
—
その日のノートには、こう記されていた。
《ドラえもんに学ぶ未来》
・空想は、未来を現実にする最初の“数式”
・人の夢は、知によって形を得る
・わしもまた、空想の一片だったのかもしれぬ
・だが、それでよいのだ
(第15話 完)
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