コンパス・クラッシュ 〜方向音痴にもほどがある〜
「で、どこ向かってるんだっけ?」
「だから、北西だってば!」
「……で、それってどっち?」
俺のこの一言で、リーダー格の由紀(ゆき)は完全にキレた。
「なんで今さら聞くの!? コンパス、持ってんでしょ?」
「うん。持ってるけど……この赤い針が北って本当なの?」
「そこからかよ!!!」
──というわけで、我々は現在、山にいる。
大学のサークル仲間5人で来た“軽いハイキング”のはずが、気がつけば正規ルートを外れ、謎の山中をさまよっている。
そして唯一のナビ役・由紀が「登山アプリに頼るのダサいから」とコンパスで挑んだ結果、
地図と現実の一致を見失い、現在進行形で迷子中だ。
由紀:「ちょっと貸して! ……って、これ、100円ショップのじゃん!」
俺:「安かったから……」
由紀:「それはコンパスじゃなくて“疑似的に北っぽい針”だよ!」
俺:「……おしゃれ文具っぽくてさ……」
由紀は地面に座り込み、天を仰いだ。
「もうだめだ……私たち、遭難するんだ……」
遭難確定ムードの中、唯一テンションが高かったのが、メンバー最年少・まどか。
「え〜、なんか楽しくなってきた! “リアル脱出山”って感じ!」
彼女はTikTokにこの様子を投稿しようとしていた。
「やめろ! “大学生5人で遭難しました☆”とか炎上するぞ!」
「だって、今の若者は“迷ってなんぼ”でしょ?」
「それ、自己責任迷子の思想だぞ……!」
ちなみに我々の荷物リストは以下の通り。
・由紀 → 間違った方向感覚&間違った自信
・俺 → 信用ならないコンパス&水筒(中身はスポドリ)
・まどか → スマホ充電3%&バカみたいに重い日焼け止め
・拓也(筋肉担当)→ プロテインバー3本と懐中電灯(電池切れ)
・光(理系)→ 「Googleマップは電波がなきゃ紙切れ」って言ってたが現在絶望中
──役に立たない集団である。
その中で、ついに由紀がぶちギレた。
「もういい! コンパスとかGPSとか信じない! 私は感覚で生きる!」
「おい、それだけはやめろ!!」
だが、ふと横を見ると、まどかが突然しゃがみこんでいた。
「ねえ、この地面、さっきも見た気がする」
「えっ?」
「この葉っぱの形、あと、この倒木の曲がり方。……これ、“ループ”してる」
一瞬、全員が沈黙。
拓也:「……まさか」
光:「俺たち……30分前と同じルートをぐるぐる回ってたってこと?」
由紀:「それじゃあ、私のコンパス……」
俺:「……完全にクラッシュしてたんじゃん……」
光:「てかこれ、磁気狂ってんじゃないの? このへん強磁性体の鉱物多いから、磁場ズレ起きてもおかしくないし」
由紀:「つまり?」
光:「100均コンパス、使い物にならないってこと」
全員:「今言うなーーー!!」
もう笑うしかなくなった我々は、ついに決断した。
「電波、ある! 通った道の方が電波拾うから、一回戻ろう」
もはや文明を否定する段階ではない。
そして無事、通りかかった山菜採りのおじさんに救われ、車道に戻った我々は──
コンビニの前でポカリを一気飲みしながら、静かに反省した。
「……文明、偉大だったな」
「コンパスを過信しちゃいけないんだな」
「あと、“方向音痴×自信家”って最悪の組み合わせ」
「ほんとそれ」
そして最後に由紀が言った。
「でも、いい経験だったよね。今度からは、アプリと地図と……ちゃんとした人間を連れてく」
「“ちゃんとした人間”ってなに!?」
「方向感覚ある人! あと、荷物にミスのない人!」
結局その後、サークルの登山企画は“屋内型ボルダリング”に変更され、迷子率は0%になった。
だが、あの“謎のコンパス”は、今も私の机の引き出しにある。
──「人生の北」は誰にもわからない。
それを教えてくれたのが、あの銀色の針だった。
たとえ全然、正しくはなかったとしても。
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