ヒールの高さは自尊心の高さと比例しない(たぶん)
「なによ、このヒール!どうして私がこれを履かなきゃいけないのよ!」
声を荒げていたのは、商社・服飾事業部で働く入社3年目の山口結衣。今日の出勤スタイルは、業務用PCより高そうな12センチヒール。
見た目は華やか。だが足元は完全に戦争だ。
「結衣ちゃん、それ、モデルの展示用じゃなかった?」
「そうなの、百貨店イベントで急にモデルが来られなくなって、なぜか私が代打……まじで、私の足が“訴える権利”を持ってたら今すぐ提訴してる」
「でも似合ってるよ」
「慰めのつもりなら、湿布くれ。両足に」
結衣は、背筋を伸ばして歩こうとするものの、歩くたびにヒールが「カッ!グラッ!カッ!グラッ!」と情緒不安定な音を立てる。エレガントなはずのヒールが、今や社内迷惑系小型兵器だ。
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展示会場。ブランド名は「凛麗(りんれい)」。
“凛として、麗しく。”がコンセプトの婦人靴ブランドで、今回の主力商品が「誇り高きハイヒール」。12cmヒール、鋭角フォルム、そして“女性の自立を象徴する”という公式設定つき。
――いや、自立できねえよこれじゃ。
結衣は心の中でツッコミながら、立ち姿勢を必死にキープする。
「すみません、こちらサイズ展開は?」
「えっと……23〜25.5cmです(足痛ぇぇぇ)」
「ヒールの安定感はどうですか?」
「大変ご好評いただいて……(私が本心で勧めるなら平らな靴履かせる)」
「お姉さんみたいにスタイル良くなれるかな?」
「そ、そうですね〜(これは骨格詐欺です)」
そんな彼女の苦労も知らず、上司の大杉(42)は隣でドヤ顔。
「いいよ結衣ちゃん、売れてる売れてる。やっぱり現場に“華”があるって違うねえ〜」
「じゃあ代わってみます? この華、午前中で完全にしおれてますけど」
「はは、冗談うまいな!」
本気だっつってんだよ。
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正午。展示の合間を縫って、バックヤードにておにぎりをかじる結衣。
隣では同期の森永がコーヒーを持ってきてくれた。
「ほら、ブラック。足だけじゃなく、胃も覚醒して」
「女神か。ヒール履いてないってだけで優しく見える」
「ところでさ、気づいた?」
「何を?」
森永はスマホを見せた。そこにはSNSに上がった会場写真がずらり。
「“凛麗のブース、モデルじゃなくてリアル社員ってとこが逆に信頼できる”ってバズってる」
「は?」
「“あの不安定なヒールで立ち続けてる姿、逆にグッとくる”らしい」
「どこの倒錯した人類だよ!私、いま足の裏に人生の後悔リスト浮かび上がってるんだよ?」
「でもさ、ヒールって“美しさの象徴”じゃなく、“頑張りの記号”なんだって。あんた、今日“令和の耐久ヒロイン”ってあだ名ついたよ」
「断固として撤回を求めたい……」
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その日の夕方。展示会が終わり、片付け中のスタッフたちの中で、結衣はひとり、椅子に座り込んでいた。
ヒールを脱ぎ捨てた足からは、「ぴえん」の気配が漂っている。
そこへブランドディレクターの若林がやってきた。
「山口さん、今日の展示、あなたがいたからこそ成立しました。本当にありがとう」
「……いいえ、私はただ足を捧げただけです……」
「いえ、その姿勢が“凛麗”の真の意味だったと、改めて思いました」
「……すみません、できればその“意味”は、ローヒールで実現できる方向で……」
「……検討します」
一瞬だけ、若林の目が泳いだ。どうやらブランドの方向性まで動きかけているらしい。
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数日後。
社内メールで全社員に通達が流れた。
件名:【凛麗】新コンセプト検討中アンケートのお願い
内容:
「“努力も、休息も、美しさ。”を新コンセプトに、7cm以下のヒール開発を進めております。あなたの声をお聞かせください!」
結衣はそのメールを見ながら、机の下でそっと自分の足をさすった。
「革命は、足元からだな……」
同僚の森永が聞いた。
「何か言った?」
「いや、ヒールが低くなる日も近いってだけさ。あと、私の尊厳も回復するかも」
「やっぱり“耐久ヒロイン”あだ名は気にしてたんだ」
「うるさいわ。ヒールで頭コツンするぞ」
――と言いつつ、結衣はそれを履く予定はもうなかった。未来のヒールは、もっと低く、もっと自由に。そして、もうちょっと“足に優しく”。
そして今日も、彼女は足取り軽く、7cmヒールの試作品で社内を歩いた。
まるで、勝利宣言のように。
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