『いいね!の反対を極めた男』
佐野玄、42歳。
一部のSNSユーザーから「伝説のサムズダウン職人」として崇められている。
しかし、本人は言う。
「俺は、ただ正直に“良くない”と思っただけだ」
そう、彼は、どんな投稿にも躊躇なく“👎”を押す男だった。
【👎歴・一部抜粋】
・高校の同級生「結婚しました!」→👎
・後輩「今日のランチ最高!」→👎
・姪っ子「小学校の運動会で三位でした♪」→👎
特に波紋を呼んだのが、地元の中学校吹奏楽部が「県大会出場決定!」と投稿した写真に、ものすごく慎重に構図を見た上でのサムズダウンを押した件だった。
理由は、「チューバの位置が全体のバランスを乱している」。
翌日、吹奏楽部から直筆の抗議文が届く。
上司からも言われた。
「佐野くん、もうやめようよ。人間関係壊すよ?」
「むしろ僕は、人間関係に誠実でいたいんです」
玄は、褒めることのインフレを恐れていた。
「いいね! いいね! って、もう誰も何が“いい”のか分からなくなってる! このままじゃ“普通の水”にだって“神の雫!”って書かれる!」
「水は大事だよ」
「……それは否定しません」
玄は、理不尽な“盛り上がり文化”へのささやかな反抗として、日々の👎活動を続けた。
ある日、会社の後輩・水川が、昼休みに自作の「焼きそばバゲット」を投稿した。
※炭水化物on炭水化物の禁断サンド。
「うわー、今日もやってんなー水川くん。……よし、押すか」
と、サムズダウンを構えたその瞬間、手が止まった。
(……これ、逆に“バズり”狙ってるのでは?)
(わざと不味そうなことして、リアクション狙い……つまり、👎も養分)
彼の脳内で緊急会議が開かれる。
「これは“良くない”が、“良くないと言われたい”という前提がある。となると、サムズダウンは彼の術中……」
彼はそっと画面を閉じた。
(……今度から“無反応”という選択肢も研究せねば……)
その夜、玄は自宅で謎の新ツールを試していた。
名付けて『誠実フィードバック棒』。
長さ20cm、握ると「それは良くないと思います」と棒読みで言ってくれる。
姉が訪ねてきた際、「娘のダンス発表会動画見て」と言われ、棒を握ってしまい、
「それは良くないと思います」
姉、帰る。
棒は即日、棚に封印された。
ところが数日後、彼の元に一通のメールが。
件名:【感謝】“誠実な否定”をくださった方へ
内容は、まさかの内容だった。
「以前“👎”を押してくれた者です。あれから自分の演劇の演技を見直し、役を降りました。おかげで脚本に専念でき、コンクールで脚本賞を取りました。あの“👎”に救われました」
玄は言葉を失った。
(……そうか。“否定”は、時に誰かの道しるべにもなるんだ)
その日以降、玄は👎の押し方を変えた。
・「これはただの失敗料理」→押さない
・「これは“うまく失敗した”アート」→押す
・「これは本人が自信満々だけど、致命的にズレてる」→慎重に押す
・「これは本人が不安そうだけど、真剣」→押さない
そして、彼は気づいた。
(否定にも、哲学が必要なんだ)
玄は、ついにnoteを始めた。
テーマは――
《サムズダウン大全:世界は“良くない”の宝庫である》
初投稿のいいね数:0
コメント:
「👎を哲学に昇華させた男、現る」
「いやそれは違う」
「俺も明日から押します」
「押さねぇよ!!」
(この“良くなさ”が、俺だ)
サムズダウンの嵐の中、玄はようやく――自分に“いいね”を押せたのだった。
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