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第129巻 伊勢崎市:イセサキノカミの願い

──工業地帯の神様、願いは実用的。でも実用の中に妙なズレが生まれます。

 群馬県伊勢崎市、広大な工業団地の片隅に、ポツンと小さな鉄骨製の祠が建っている。鈍く輝くステンレスの鳥居が目印だ。ここに祀られているのが、工業の神・イセサキノカミである。

「ふむ……今日も溶接の火花が美しい。産業とは芸術じゃの」

 神様は無駄にメンテナンスされた自動開閉式の祠扉から、ゆっくりと姿を現した。安全第一ヘルメットを常に装備しているあたり、やけに真面目だ。

 そこへ、高校生の乃碧がやってきた。スピード重視の性格で、今日も早口だ。

「神様! 今すぐお願い聞いて!」

「おお、乃碧。今日もせっかちじゃの。なんじゃ?」

「文化祭のクラス企画で、“最速料理チャレンジ”やることになったんだけど、どうしても調理時間が足りないの!」

「調理工程の短縮……実用的じゃ。工業と通じる。よかろう、叶えよう」

「ほんと? 早い!助かる!」

 神様は腕を組んで考えた。

「調理工程の短縮なら、まず“パーツの事前加工”じゃな」

「パーツ?」

「具材をあらかじめ切っておく。カット済み野菜、下茹でした肉、事前ミキシング……いわば“半製品”じゃ」

「確かに!それだけで大幅時短!」

 そこへ、他人の成功を喜べる凪咲が合流してきた。

「わー、乃碧すごい! さすが対応早いなぁ。私も手伝うね!」

「うん、二人いれば仕込みは倍速!」

 神様はうなずいた。

「次は作業ラインの分担じゃ。“カレー班”“サラダ班”“盛り付け班”に分ける。並行作業は基本中の基本」

「ほぼ工場じゃん!」

 そこへ、大一と有莉子もやってくる。

「なんか楽しそうだね。うちも参加するよ」

「大一は材料管理!有莉子は司会進行ね!」

「え、私、しゃべる係!?」

「現場では指示係が最も重要なのじゃ」

 文化祭前日、教室の一角はほぼ“流れ作業ライン”に改造されていた。巨大なホワイトボードにタイムスケジュール、配置表、危険予知活動ポスターまで完備。誰だここまでやったのは。

「安全確認よし!」

「ヘルメット装着よし!」

「おい、これもう工場だぞ!?」

 そして迎えた文化祭当日。

「よーいスタート!」

 一斉に具材が流れ、鍋に投げ込まれ、盛り付けられていく。乃碧は真剣な表情でカレーを撹拌し、凪咲は次の皿を用意、大一は材料ストックを調整し、有莉子は

「えー、現在○分○秒経過です! 順調です!熱意が熱い!」

 実況まで入った。

 気づけば、周囲のクラスからも見物人が集まり、スマホで撮影し始めていた。

「すげえ……本当に10分でカレー定食完成してる……」

「文化祭の出し物のスケール超えてない?」

「ライン生産文化祭……新ジャンル誕生か……」

 最後に、神様の祠からアナウンスが響いた。

「文化祭実用技能優秀賞、授与!」

 勝手に作られた賞状がホワイトボードに貼り出された。

 イベント終了後、神様のもとに乃碧たちがお礼に来た。

「神様、あの……あれ工場見学みたいになってましたけど、まあウケたから成功です!」

「ふむ、実用的であれば多少ズレてもよい。むしろズレが工夫を生むのじゃ」

 神様は満足そうにヘルメットをポンと叩いた。

「産業の町の文化祭とは、かくあるべし!」

 夕暮れの工場地帯に、鈍い鉄の匂いとソースの匂いが交じって漂っていた。

 ──今日も伊勢崎の神様は、現場主義でちょっとだけ働いている。


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