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第88巻 目黒区:メグロノカミの願い

 目黒――
 おしゃれカフェ、インテリア雑貨店、ワンちゃんOKのパン屋。
 歩けばどこかに“映える”何かがある街。

 そんな街に棲む神様も、やはりおしゃれで洗練されていた。

 名を――メグロノカミ。
 願いを叶えるときはスマートに、さりげなく、本人が気づかないレベルで結果だけ整っている。
 どんなお願いも、まるで「元からそうだったかのように」実現されるため、“願った記憶すらスタイリッシュに消える”という噂もある。

 今回の主人公は、目黒のフリーランス美容師・啓太。

 カット技術には定評があるが、問題がひとつ――
「センスが“ちょい惜しい”と言われることが多い」。

 例えば、
 ・Tシャツの色が髪色とけんかする
 ・差し色がまさかの“山吹色”
 ・バッグがハイブランドすぎて逆に浮く

 そんな彼が、ある日の仕事終わり、人気カフェのテラスでエスプレッソを飲みながら、ぽつりとつぶやいた。

「俺にも……自然体のオシャレさ、来ないかなぁ……こう、メグロ住民みたいな……」

 その瞬間、グラスの氷が静かにひとつ砕けた。

 気づけば、向かいの席にサングラスの人物が座っていた。

「それ、願いですね」

「えっ、誰!?」

「メグロノカミです」

「神様!? メグロの!? ……ていうか、なんでそんなナチュラルに現れんの!?」

「目黒の神なので。現れるときも、“ナチュラルであること”が大切です」

 それからの啓太の生活には、変化が訪れた。

 ・目覚めたら、なぜか“シワひとつない麻シャツ”が整って置かれている
 ・スマホの音楽アプリが勝手に「チルジャズと北欧ビート」のプレイリストになっている
 ・美容室に来るお客が“無言でセンスある人”ばかりになる(しかもみんなカフェラテ持参)

 しかも、啓太のヘアスタイルが“たまたま”その日のファッション誌に載っていたトレンドに一致。

「いや、怖い怖い。俺なんもしてないのに……」

 そこへ、ふたたび現れるメグロノカミ。

「してないように見えるのが、正解です」

「美意識が高すぎる神様だな……」

 極めつけは、近所のカフェから「壁面アートの監修をしてほしい」と依頼が来たことだった。

「アートって……俺、美容師だよ?」

「うちの常連さんが“この人、空間に似合ってる”って言ってて」

 つまり“存在が空間に馴染む人間”として、芸術的に見なされたのだ。
 もはや神域。

 ある日、啓太は思い切って質問した。

「神様、俺って……なんでここまで整ったんですか?」

「シンプルです。あなたが“ちょっとだけ整えたい”と願った。
 だから、私が“ちょっとだけ空間ごと調整した”だけです。
 壁紙の色温度、照明の角度、あなたの声の周波数、全て」

「もはや物理空間の設計じゃん!!」

 結局、啓太はそのまま目黒で独自の“余白系美容師”として名を馳せ、
 地元雑誌に「ここにいるだけで空気が静かになる男」として特集された。

 本人は言う。

「……なんか、全部“ちょっとだけ”変わった気がする。でも、それで十分だったんだな」

 目黒のカフェの隅で、今日もふと風が通り抜ける。

 誰かの願いを、静かに、スマートに、
 最小限の手数で最高の変化に仕上げる――

 それが、メグロノカミの流儀。

 ──完──


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