夫、冷蔵庫の在庫だけで晩ごはんを作ると言い出す
土曜日の午後三時。
私はソファで洗濯物をたたみながら、無意識に「今日の晩ごはん何にしよう……」とつぶやいた。
その瞬間、ダイニングテーブルでYouTubeを見ていた夫が振り返り、満面の笑みで言った。
「……よし、今日は俺が作る!」
いや、誰も頼んでない。
しかも何その“旅に出る騎士”みたいなテンション。
「いいけど、買い物行ってないからね?冷蔵庫の中だけだよ?」
「むしろ望むところ。制限プレイこそ料理の醍醐味だ!」
夫は一歩ずつ冷蔵庫へ歩み寄り、ドラマのように扉を開ける。
ゴゴゴゴゴ……と無音の中にエフェクトが見える(気がする)。
中身は、
・白菜の芯部分
・ウインナー2本
・卵(2週間前)
・味噌(ふた開いてた)
・調味料各種(賞味期限不明)
以上。
「……まかせろ」と夫は言った。
目がマジだ。
まず、彼はスマホを取り出して検索した。
「白菜 芯 ウインナー 卵 レシピ」
めっちゃ限定的。
それらしき料理が見つからなかったのか、夫は次に「なんとなく合いそうなものを炒める」方向にシフトした。
“なんとなく”が支配し始めると、台所はだいたい混沌に陥る。
彼はまずウインナーを斜めに切り、フライパンに放り込んだ。
じゅうじゅうと良い音がする。
「見て!この音、料理してるって感じじゃない?」
「うん、たしかに“音”だけはプロっぽい」
「“だけ”って言ったな今」
次に、ざく切りにされた白菜が投入される。
あきらかに芯部分だけのサラダボウル。
「白菜の芯って、火通りにくいよね?」
「だから水入れて蒸し焼きにするんだよ!」
「へぇ、やるじゃん」
「俺の中に“リュウジ(※料理研究家)”が降りてきてる気がする」
降りてきてるのはたぶん“野生”。
10分後、キッチンから異臭がした。
「え、なに焦げてる!?」「焦げてない!これは“香ばしい”っていうの!」
「煙出てるけど」
「演出!」
ここで、彼は卵に手を出した。
「賞味期限、切れてる……?」
「2日前だけど、殻割って匂い嗅いで決めたら?」
パキッ。
「…………」
「どう?」
「無臭。……むしろちょっと卵のいい匂いがする」
「まだギリ行けるか…」
スクランブルエッグ的なものが作られたあと、夫は大胆な決断を下す。
「全部、混ぜる!」
「今から!?」
「男の料理ってのはな、最終的に“一体化”してるもんなんだよ!」
もはや“味の調和”ではなく“物理的融合”の世界。
さらに追い打ちのように冷蔵庫から味噌が登場。
「味噌入れると和風になるんだって!」
「その味噌、ふた開けっぱなしでカピカピになってなかった?」
「香ばしさが増すからむしろOK!」
夫の中では、すべての腐敗が“旨味”に変換されているらしい。
最終的にできたものは、
「ウインナーと白菜の卵味噌炒め(男味)」という名の物体だった。
見た目は……なんというか、茶色の宇宙。
よく見ると、焼きそばでもないのにソースの香りがする。なぜ。
「さ、召し上がれ!」
「いただきます(命の保証はない)」
……味は、悪くなかった。
ほんのり甘い味噌風味と、ウインナーのしょっぱさが意外と合う。
白菜の芯は硬かったが、顎トレーニングとしては有用。
卵は……たぶん元気な個体だったと思う。
「どうよ!?」
「うん、意外といけた!」
「だろ!?オレ、今日から“料理男子”名乗るわ」
「じゃあ明日もお願い」
「それはまた別の話だ」
男は戦った。
冷蔵庫の奥に眠る戦力不明の食材たちと、
調味料の海で溺れながら、
家族の夕飯を“だいたいの感じ”で完成させた。
そして今、彼はテレビを見ながらポテチを食べている。
その横顔は、
一食だけのシェフの誇りに満ちていた。
(End)
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