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全力で降参してくる人たち

 「……なにこれ、また白旗が増えてる」
 出勤途中の商店街。八百屋の前を通るたび、僕はこの違和感に頭をひねる。
 今日は白菜の山の上に、まるで王冠のように白旗が立っていた。手作り感満載で、「本日敗北」「玉砕セール実施中」の文字。
 先週は確か「売れ残りに降参」と書かれた白旗がミカンの山に突き刺さっていた。
 「八百屋さん、どうしたんだ……?」
 気になった僕は、朝の通勤ラッシュを無視して、店に声をかけた。
 「おはようございます。あの……旗、なんなんですか?」
 「おっ、見る目あるね兄ちゃん!」
 出てきたのは、髪型だけ妙に若い店主・赤沢。
 「これね、『全面降伏セール』っていう新しい販売戦略なんだよ」
 「はあ……」
 赤沢さんは、さも当然のように語り出す。
 「最近さ、物価は上がる、野菜は余る、売れない、でも仕入れた。そこで思ったんだ。いっそ“降参”してしまえばいい、と!」
 「……」
 「どうせ誰も買ってくれないなら、こっちから“負け”を認めてみようじゃないか! って」
 まさかの逆ギレ型マーケティング。
     *
 話題性が功を奏したのか、翌週には商店街中に白旗が立っていた。
 肉屋は「負けましたハンバーグ」、クリーニング屋は「しみ抜きに敗北」、電器屋は「もう旧型です許して冷蔵庫」、そしてなぜかパン屋だけは「ライ麦に寝返ったバゲット」と、謎の裏切り宣言。
 あっという間に“白旗商店街”として地元のテレビで紹介されるようになった。
 そして僕も――
 「うちの事務所も、やるしかない」
 広告代理店で働く僕は、上司に無理やりこの「白旗戦略」をプレゼンするはめになった。
 会議室のプロジェクターに、八百屋の「本日敗北」が映し出される。
 「……で?」
 部長が眉をひそめる。
 「つまり、失敗や在庫を“認めることで”逆に好感度を上げ、客との心理的距離を縮める新戦略です!」
 「なるほど……で、実績は?」
 「白菜が3倍売れたらしいです」
 「うーん……」
 その日、僕は会議室で一人“白旗”を掲げた。
 パワポの最後に大きく表示された「降参しました」の文字が、妙に切なかった。
     *
 ところが翌週、何があったのか、うちの会社がこの“白旗戦略”を導入することになった。
 しかもなぜか――採用説明会で。
 受付に座る新卒希望者たちの前に、でかでかと垂れ幕がかかる。
 「弊社、若干ブラックです。降参してます」
 「え?」「どういうこと?」「これジョーク……?」
 と戸惑う学生たち。
 それを横で見ていた人事部の田所がにやりと笑う。
 「これは正直マーケティングだ。最初から正直でいれば、逆に信頼されるって寸法よ」
 「いや、ブラックって宣言してる時点でアウトなのでは……」
 すると田所が胸を張って言い放つ。
 「正直に『負け』を認められる会社、それが本当の“強い企業”ってもんだろ!」
 その日のエントリー数、史上最少を記録した。
     *
 そんなわけで、僕の周囲は“白旗”だらけになった。
 上司は「プレゼン資料間に合いません!」と早々に降参し、社長は「中期経営計画、あきらめました」と表紙に書いた報告書を提出。
 会議では「この施策、成功すると思いますか?」と聞かれた全員が、机の下から白旗を振って答えた。
 おい! 抗議じゃなくて、降参してどうする!
     *
 それでもこの“白旗ムーブメント”は止まらなかった。
 SNSでは「#降参ですみません」「#正直でごめん」がトレンド入り。
 ある日、ふと立ち寄ったラーメン屋では、こんな張り紙があった。
 「味、今日はブレてます。白旗です」
 食べたらめちゃくちゃうまかった。
 でもなんか、悔しい。謝られてるから文句も言えないし、逆に応援したくなる。
 この作戦、地味にうまいのでは?
     *
 そんなこんなで、僕もとうとう自分の生活に“白旗”を導入することにした。
 まずは家に帰ると、冷蔵庫にメモを貼った。
 「今日の夕飯、作れません。完全降伏。カップ麺で許して」
 そして、ベッドに入る前にLINEで彼女に送った。
 「週末、映画ドタキャンした件、本当にすみません。正直、体力が残ってません。降参です。」
 ……すると、意外な返信が来た。
 「降参は偉い!素直でよろしい!じゃあ、土曜うち来る?私が作るから」
 ……白旗、強い。




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