第42巻 葛飾区:カツシカノカミの願い
葛飾といえば柴又。柴又といえば帝釈天。だがその裏手、誰にも注目されない公園のベンチ裏に、しれっと祠が存在する。
その中で、あぐらをかいてスポーツドリンクを飲んでいるのが、葛飾の守り神――カツシカノカミである。
法被に鉢巻、無駄に元気なガッツポーズ。願いを聞けば元気に叶えるが、その「元気さ」が過剰すぎて、しばしば願った本人も置いてけぼりにする厄介な神様だ。
この日も、朝のラジオ体操に混ざっていた子どもたちに、まるでエネルギードリンクのようなテンションで声をかけていた。
「イチ!ニー!もっと腰入れてけ!元気出してこーぜ、葛飾ァ!!」
子どもたちは混乱した顔で「なんかこのおじさん元気すぎて怖い」とつぶやいた。
その近くの路地裏で、自転車を押していたのが周平だった。下町育ちの彼は、なんでもズバズバ言うサバサバ系男子。誰にでも平等、遠慮なし。
「……はぁ、商店街の元気がなくなってきたな……」
そのつぶやきに、神様はシャキッと反応した。
「願い、キタァアーーー!!」
「いや、そんな大声で反応しなくていいから!怖いから!」
だがもう遅い。カツシカノカミは元気と勢いでしか物事を進めない。指をパチンと鳴らすと、商店街のアーケードに突如「下町元気祭り開催!」の垂れ幕が出現。
続いて、各店舗の前に謎の「やる気マネキン」が設置され、スピーカーからは「うおおお!」という謎の男の雄叫びが定期的に流れ出す仕様に。
最初は戸惑っていた商店街の人々も、徐々にその勢いに飲み込まれていく。
「いや……これ、逆にやる気出てきたわ……!」
「店先で叫んでるマネキン、なんか憎めない……」
そしてそこへ現れたのが、凪咲。商店街の和菓子屋で働く女性で、毎日同じ手順で団子を焼くのが好きな“ルーチン女王”である。
「ちょっと!この“元気マネキン”のせいで団子の焼き加減わからなくなったんだけど!」
「それはつまり、元気が焼きすぎってことやな!ガハハ!」
「うるさい!なんで団子にまで熱気が伝播するのよ!団子は繊細なの!」
そんな騒動のさなか、次にやってきたのは茂光。彼はわがままで気分屋。今日もどこかで自分が中心に回っていると信じて疑わない。
「おい、商店街でやってるこのイベント、俺がプロデュースしたってことでいいよな?」
「どの口が言うかァ!願ったのは周平や!」
「まあまあ、元気なのはいいことだろ?」と現れたのは、芙由音。彼女は自信家で、どんな状況でも自分の判断に確信を持つタイプだ。
「この騒がしさを活かして、動画にまとめて“葛飾元気伝説”として発信すれば、町全体が盛り上がるわよ」
「動画って……そんな文明的な発想、神様的にOK?」
「よっしゃ!元気ならなんでもオッケェーーー!!!」
芙由音の提案を受け、商店街では即席の撮影ブースが出現した。背景には「元気しか勝たん!」の横断幕。通りすがりのおじいちゃんまでもが、「撮ってええんか? わしのこのポーズ、孫にウケるで」とピースを決める始末。
「この町、元気すぎる……ていうか、うるさ……」と凪咲は団子の串を握りしめたまま、呆然としていた。
一方の茂光は、なぜか応援団の格好をし始めており、ビニールメガホン片手に「オーエス!オーエス!」と全力で叫び始める。
「ちょっ……誰が許可したのそれ……」「俺が俺に許可したんだ!」
周平はその様子を見ながら、苦笑した。
「……まあ、あれだ。変わりすぎるのもどうかと思うけど、ここまで来ると逆に清々しいな」
その言葉に、カツシカノカミがドヤ顔で腕を組み、鼻息を荒くした。
「そーやろ!元気は伝染すんねん!願いを叶えるっちゅーのはな、こうやって空気ごと変えることや!」
「いやでも、やりすぎじゃない?元気とかいうレベルじゃないよこれは。祭りの神輿が常に暴走してるようなもんだよ」
「それが下町っちゅーもんや!考えるよりも、まず動く!」
その瞬間、隣の八百屋から声が飛んだ。
「すいませーん!キャベツが勝手に“元気モード”で回転してるんですけどォ!」
見ると、風に乗ったポスターがキャベツに貼りつき、うっかり回転陳列台のスイッチを押してしまったらしい。キャベツは音楽に合わせてくるくる回り、子どもが爆笑している。
「もう……どうしてこうなるの……」と凪咲が頭を抱えると、芙由音が笑いながら肩を叩いた。
「でも、悪くないでしょ?笑ってる人がいるって、すごく素敵なことよ」
「……まあ、否定はできない。けど団子は焼けない」
「団子は焼こう。ちゃんと焼こう。あとで動画撮るから」
芙由音はそのままスマホで商店街の様子をパシャパシャと撮影し、カメラ目線でひとこと。
「葛飾発、“元気の押し売り”最前線。見てる皆さん、心の準備はいい?」
神様はその横で、ダンスのような盆踊りのような謎の動きをしながら、「さあ、次の願いはどこから来るんやー!」と叫んでいた。
凪咲は小さくため息をついてから、そっと串に刺した団子を焼き網に戻し、心の中でつぶやいた。
(……まあ、このくらい賑やかな町の方が、私は好きかもしれない)
夕方、下町の空に赤い夕日が差し込む。商店街の電灯がぽつぽつ灯り、元気な音楽が少し落ち着いたBGMに変わったころ。
カツシカノカミは、ひとりベンチに腰かけて、冷たいラムネの瓶を片手に言った。
「ええ願いやったな。元気ってのは、理屈やない。響くもんなんや」
今日もまた、誰かの願いが、ちょっとズレながらも元気に叶えられた――そんな葛飾の一日だった。
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