カーナビとケンカした土曜日
「その目的地には、到達できません」
そう言ったのは、
助手席にいる妻……ではなく、カーナビだった。
すべての始まりは、家から20分の距離にある、農産物直売所だった。
妻が前日から「トマトが美味しいらしい」とネットで情報を見つけ、私にミッションを言い渡した。
「朝イチで行ったら混まないと思うから、8時に出よう」
「OK(休みの日の朝8時に起きたくはない)」
とはいえ、天気も良く、ドライブ日和。
我が家の軽自動車は意気揚々と出発した。
そして事件は、出発して15分後に起きた。
「目的地まで、2kmです。左方向です」
カーナビがそう言うから左に曲がったら、
そこは私有地だった。
「え、ここ進んでいいの!?」
「道なりです」とカーナビ。
たぶん、自信満々。
でも道の先には「関係者以外立ち入り禁止」の看板。
見なかったことにして進もうとすると、道の先にトラクターがいた。
トラクターのおじさん、私を見るなり大きく手を振ってきた。
止めろの合図。
Uターン。農道の砂利が盛大に舞う。
戻って別の道に出たが、カーナビは混乱している。
「ルートを再検索します。ルートを再検索します。ルートを再検索します」
3回繰り返して、黙った。
妻「怒ってない?」
「いや、ナビが不機嫌とかある?」
仕方なくスマホのGoogleマップに切り替えようとしたが、電波が1本も立っていない。
山道、恐るべし。
車内は次第に不穏な空気に包まれた。
カーナビ「100メートル先、右方向です」
(さっきと同じ道)
妻「……それ、また私有地だよ」
私「ナビを信じろ、ナビはすべてを知っている(震え声)」
ようやく別の道に出て、なんとか直売所の看板を発見!
「目的地付近です。お疲れさまでした」
いや、まだ着いてないが!?
その地点、まだ道のど真ん中だぞ!!
左側にそれっぽい建物があるが、
駐車場の入り口がどこにも見当たらない。
ナビはもう何も言わない。無言で「地図だけ見といて」みたいな顔してる。
結果、農道を3周して、ようやく裏側に駐車スペース発見。
「着いたー!!」
車を降りて走り出す妻の背中に、
ナビの機械音が無感情に鳴った。
「目的地に到着しました」
いや、今言うな。
買い物を終えた帰り道。
妻がポツリとつぶやいた。
「でもさ、ちょっとナビ、可哀想だよね」
「なにが?」
「文句ばっかり言われてさ。間違っても怒られて、当たり前みたいに無視されて……でもちゃんと道案内はしてくれるじゃん」
「……まあな」
「たぶん、“この道はおすすめできません”って言いたい時もあると思うよ」
「ナビの心情を代弁するな」
「でもほら、今日のは“トマトをめぐる試練”だったのかもしれないじゃん?」
直売所にたどり着ける者だけが、新鮮トマトにありつける的な……
妻の解釈がだんだん神話っぽくなってきた。
その夜。
ナビの地図更新のために、ディーラーのサイトにアクセスしたら、
「最終更新:2019年」の文字が出た。
「えっ、4年前?」
つまりあの農道、ナビにとってはまだ立派なメインストリートだったのだ。
なんか……申し訳ない気持ちになってきた。
翌週、私はついにナビの地図をアップデートした。
USBメモリにダウンロードして、車に挿して、3時間。
無事に最新版の道路情報に更新された。
ナビの画面が少し明るくなった気がした(気のせい)。
数日後。
同じ直売所に再び行くことになった。
ナビは言った。
「目的地まで、3kmです。道なりです」
そのルートは、以前とはまったく違っていた。
舗装された広い道を進み、正面からすんなり駐車場に入る。
私は静かにハンドルを握りながら言った。
「お前……進化したな」
ナビは何も答えなかったが、
画面のマップがちょっとだけ誇らしげに見えた。
(End)
いいなと思ったら応援しよう!
楽しんでいただけることが一番の喜びです。いつもご覧いただき、ありがとうございます!これからも、皆さんと一緒に素敵な時間を共有できるように、より一層努力していきます。