第141章 山口市:ヤマグチノカミのご利益カウントミス
山口市の朝は、やたらと落ち着いている。
通勤する人の歩幅は一定。ラジオ体操の音楽は音量固定。市役所の自動ドアは、開くリズムすらゆったりだ。
この穏やかな都市を見守るのが、神・ヤマグチノカミである。
「ん。今日も天気は問題なし。空も気分も、晴れ」
ヤマグチノカミは朝から湯田温泉の足湯に浸かりながら、観光パンフレットに目を通していた。
穏やかで落ち着きある彼は、他の神と違い、“ゆっくり確実に願いを叶える派”。最近は「健康と癒しの神」として市内シニア層から熱烈な支持を受けている。
……が、最近ちょっとした問題が発生していた。
「昨日の願い、五件だったはずが……達成カウントが六になってるな」
そう、ヤマグチノカミは“ご利益の数”をすべてノートに手書きで記録しているのだ。
そこに、謎の1件分が増えていた。
「やれやれ……温泉にでも浸かって考えるか」
……いや、それはもう浸かっているのだが。
午前10時、ヤマグチノカミは市内の神通センターを訪れた。
「ご利益のカウントが1つズレてるんですよ」
対応した事務神はあっさり答えた。
「また“おすそ分け神効”ですね」
「……おすそ?」
「他人の願いを叶えたつもりが、偶然周囲にも何らかの幸運が生まれてるんです。“通りすがりラッキー”とも言います」
ヤマグチノカミは小さくうなずいた。
「なるほど……副産物的奇跡……」
「お客様(神)は、それに気づかず“願い一件達成”とだけ書くので、帳簿ズレが生じるんです」
「では、その一件は……?」
「昨日の『妻の機嫌がよくなりますように』(依頼主:赤根さん)ですね」
「確かに、和菓子屋で“機嫌回復だんご”を渡した……」
「で、その帰り道に団子を落とした赤根さんを、通りがかりのOLが拾って渡して──そこから急接近し、“来月入籍”に発展しました」
「……展開、早っ」
「それが“おすそ分け神効”です」
正午、ヤマグチノカミはいつもの「萩の味 喫茶」に入った。
落ち着いた照明、漬物付きの定食、全体的に高血圧に優しいメニュー構成。ここでは常連のおばあちゃんたちがランチしながら情報交換をしている。
「昨日、膝痛がちょっと軽くなってねぇ」
「私はトイレの場所、一発で見つけられたのよ」
何気ないこの会話にも、実は神効が混ざっていた。
「……もしかして昨日、“足腰巡り祈願”をかけた神通サンダル……勝手に第三者にも効いてた?」
ヤマグチノカミは少し複雑な顔をした。
(……いや、いいことだ。結果的に癒されてるなら、細かく気にするな)
だがそのとき、背後から声が飛んできた。
「神様ぁ!この前の“癒し巾着”、バンド仲間に渡したらバチバチに音楽がうまくなったよー!」
「それ……用途、完全に違くない?」
「癒し」どころか「才能開花グッズ」として拡散している事態に、静かな神が一瞬だけ目を見開いた。
午後、ヤマグチノカミは湯田温泉通りでの“癒しタイム強化祈願”に出動。
道行く人々に神気を少しずつ分けて回る、いわば“歩くマイナスイオン”。
すると、向かいから自転車に乗った高校生が。
「ヒャッハー!なんか今日テンション高い!!」
すれ違った瞬間、彼の制服ポケットに、謎の“癒しシール”が張り付く。
「ん?なんだこれ……貼ったら急に眠く……Zzz」
路肩で仮眠を取り始める高校生。
「それ、元は市議会議員向けの“安心発言シール”なんだけど……」
副産物、また発生。
その夜、ヤマグチノカミは神殿で今日の“癒し成績”を記録していた。
「今日の願い数:7件」
「……でも、癒された報告:12件」
「……これはもう、キリがないな……」
神は静かにノートを閉じた。
「ま、いっか。山口の人たちが元気なら、それでよし」
そう呟いて、ヤマグチノカミはそっと団子をレンジで温め始めた。
彼もまた、今日“ちょっとだけ”癒されたかったのだ。
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