第59巻 豊中市:トヨナカノカミの願い
豊中駅から徒歩12分、住宅街のど真ん中にある「第七東豊中神社」は、Googleマップでは鳥居の影も認識されない程度にこぢんまりしている。鳥居は木造、狛犬は石でできてはいるが、耳にピアスのようなヒビがある。
そんな神社に棲まうのが、トヨナカノカミ。
住宅街の神様。願いは堅実に叶う。性格は穏やかで控えめ。
願いの処理は、一日一件。それ以上は疲れるらしい。
「神様……息子の反抗期、どうにかならんでしょうか……」
「……週末、一緒に味噌汁でも作ってみるとよいかもしれませんね……」
言い方がソフトだし、アドバイスがやたら地味だ。
だが、トヨナカノカミのすごいところは、その“地味アドバイス”がだいたい的確で、後から「なんか知らんけど効いた」となることである。
今日も神様は、手作りの木製ベンチに腰をかけて、缶のおしるこをすすっている。
そこへ、ひとりの女性が現れた。髪をひとつに束ねた30代、育児疲れの色が色濃い。
「……あの、神様……?」
「はい。こちらに、どうぞ」
神様は、となりのベンチをぽんと叩いた。
「うちの子、毎朝、靴下を左右で変えて履いていくんです……。あと、豆腐しか食べない時期で……」
「うーん……偏食の神様に問い合わせてみましょうかねぇ……」
「そんな神様いるんですか」
「まあ、奈良のほうに一柱……でもその方も“好きにさせとけば?”っていうんですよねぇ……」
「たぶん、それもう答えってことですよね」
神様は、ひとくち、おしるこをすすった。
「……でも、それ、元気な証拠ですよ。大丈夫、3年後には、焼き鳥に目覚めますから」
「ピンポイント!」
「小3の夏、ね。タレ多めで」
その女性は、なぜか肩の力が抜けて、すこし笑った。
――この神様、やたらと生活感がある。
あとでわかったことだが、トヨナカノカミは元々、“集合住宅の神”で、かつては団地の祭壇に宿っていた。
子どもと高齢者に囲まれて三十年、テレビの音やおばちゃんの立ち話で鍛えられた耳と心は、いまや完全に“生活者サイド”。
そんなある日、町内会の若手からこんな願いが持ち込まれる。
「防災訓練の参加率を、なんとかして上げてほしいんです……!」
「それは……なかなかに……難題ですねぇ……」
「去年は、うちの班、参加者ゼロだったんです……!」
「ゼロ!?」
トヨナカノカミは驚愕し、すぐに“お守りのおせっかい封じ”を外し、行動を開始した。
「よし、では作戦会議です……」
集まったのは、地元のスーパー「ポッポ堂」のパートさんたちと、地味に信頼されているマンション管理人、そしてたまたま散歩中だった市議の弟。
神様の策は、こうだった。
「訓練」ではなく「イベント」にする。名付けて――
『おでんを守れ! 災害時あったか大作戦!』
要は、炊き出し用の鍋でおでんを煮て、電源なしでどうやって保温するかを、町内会ごとに競い合う。参加者はジャッジも兼ねる。
「小学生も“ちくわ担当”とか“はんぺん護衛隊”とかやれるようにして……」
「いや、神様、なんか本気ですね……」
「ええ、だって……“生活”って、“いのちの続き”ですから」
当日。
町内のあちこちに、アルミシートと段ボールの要塞が現れた。誰も「訓練」だなんて思っていない。
けれど、その“遊び”の裏に、「知識」がしっかり忍ばせてあるのが、トヨナカノカミの粋なところで。
「……これで、万が一の時にも、ちくわだけは守れます」
「いや、おでん全体守ってくださいよ」
参加率は昨年のゼロから、なんと【38世帯】に跳ね上がった。
もちろん、トヨナカノカミは、その記録を木の札に刻み、神社の裏にそっと貼った。誰にも気づかれない場所に。
彼にとってはそれでいい。
願いは派手に叶わなくても、“生活のとなり”で、ちょっとだけ支えられれば。
……その夜、ひとり、神社の境内で缶のおしるこをあたためながら。
神様はつぶやいた。
「来年は……だし巻き卵でも、守ってみますかねぇ……」
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